POLICY COLUMN ・ IT INDUSTRY STRUCTURE
「日本のIT業界は上位5社で変わらない」は本当か — 富士通・NEC・日立・IBM・NTTデータ、その成立史と20年の検証
編集部・最終更新 2026年8月12日
富士通・NEC・日立・日本IBM・NTTデータ。日本の大型システム開発の受注はこの5社に集中し、その顔ぶれは何年も変わらない——業界でよく聞く言い方です。確認できた2004年から2024年までの4つの調査時点で、この5社の構成は一度も入れ替わっていませんでした。ただし「変わらない」のは顔ぶれだけで、その中の1位は調査会社によって答えが割れ、実際に交代していました。5社という「箱」がどう出来上がったのかを、1960年前後の国産化保護政策から2025年のNTTデータ完全子会社化まで、一次資料で検証しました。
本記事は、情報処理学会「コンピュータ博物館」、経済産業省・公正取引委員会の公式発表、各社IR資料、みずほフィナンシャルグループの公式報告書、日本経済新聞・日経クロステック等の報道を突き合わせ、当サイト編集部が整理したものです。日付・数値は2026年8月10日時点。
20年
確認できた2004→2024年の4調査時点で、5社の構成が入れ替わっていない期間
1→3位
ガートナー基準で富士通が2022年に後退した順位(NTTデータが1位に浮上)
1960年
IBMが特許を国産各社に開放し、保護政策と外資の技術供与が同時に始まった年
01 · THE PREMISE
「FNHI」は実在した — ただし主流ではない
まず呼び方そのものを確認します。日本語・英語の複数パターンで検索した当初の検証では、「FNHI」という略称の使用例を業界誌・ビジネス媒体のいずれにも見つけられませんでした。しかし、これは誤りでした。
2010年2月5日、ITmediaの公式ブログ「オルタナティブ・ブログ」で、多摩大学大学院客員教授でコンサルタントの本荘修二氏が、日立・富士通の経営トップ交代を論じる記事の中で「FNHI(Fujitsu, NEC, Hitachi, IBM)とNTTデータ」という表現を使っています。システムインテグレーション事業に関する市場シェアの文脈で、「FNHI」と「NTTデータ」を並べて言及する構成そのものが、この記事の出発点になった「FNHI+NTTD」という組み合わせとほぼ一致します。
もう一つ、2021年12月10日の日経ビジネスのインタビューでは、さくらインターネット創業者でソフトウェア協会副会長の田中邦裕氏が「FNH」(Fujitsu, NEC, Hitachiの3社、IBMを含まない略称)という言い方を使っています。デジタル庁が政府共通クラウド基盤にAWSとグーグルを選んだことを歓迎する文脈で、それまで日本のIT業界を主導してきたハードウェアメーカー群を指す言葉としてこの略称が使われました。
2010年と2021年、11年の間隔を挟んで異なる論者が独立に使っている以上、「FNHI」「FNH」という略称は実在すると認めるべきです。ただし、IDC Japanやガートナーのような調査会社のレポート、日経クロステックのような業界メディアの見出しでは使われておらず、業界標準の分類用語ではなく、個々の論者が便宜的に使う略称という位置づけが正確です。実際、日経クロステックは2025年の連載記事で同じ5社(NTTデータ含む)のトップインタビューを「IT大手5社」というタイトルでシリーズ化しており、就職活動情報サイトでは「SIer大手5社」(日本総合研究所を加えて6社とする例も)という呼び方が定着しています。この5社を頂点とする業界構造そのものを指す言葉としては、建設業の重層下請けに例えた「ITゼネコン」という呼称も広く使われています。
検索エンジンで見つからないことは、その用語が実在しないことの証明にはなりません——これは本記事自身が最初に踏んだ落とし穴です。以下では、「FNHI」が指そうとした実体(5社体制)がどう出来上がったのかを歴史的にたどります。
02 · THE PROTECTION ERA
保護政策の始まり(1937〜1965年)
5社のうち日本IBMだけは、成立の順番が他の4社と逆でした。1937年6月17日、IBMは日本に完全子会社「日本ワットソン統計会計機械株式会社」を設立しています——国産メーカーが計算機事業に本格参入する20年以上前の話です。この会社は1942年に敵産管理法で資産凍結、1949年に返還、1950年に「日本インターナショナル・ビジネス・マシーンズ」、1959年2月に現社名「日本アイ・ビー・エム株式会社」に改称しました。
戦後の通商産業省(当時)が向き合ったのは、「圧倒的な技術力を持つ日本IBMが最初から日本にいる」という状況でした。ここから、保護と技術供与という2つの異なる手段が、ほぼ同時に動き出します。
技術供与 — IBMに特許を開放させる(1960年)
1957年に電子工業振興臨時措置法が制定された後、通産省は日本IBMとの交渉に動きます。1960年10月末、通産省が国産メーカー側を代理する形で、IBMに基本特許の使用許諾を認めさせました。11月に仮調印(日本電気・日立製作所・富士通信機製造・沖電気工業・東芝・三菱電機・松下電器産業ほか)、12月に外資審議会が認可。ロイヤルティはシステム本体5%・構成部品1%、契約期間5年でした。
交渉の梃子になったのは、外国為替及び外国貿易管理法による対米送金制限です。日本IBMにとっての痛点(本国への送金ができない)を交渉材料に使い、特許開放と引き換えに送金を認める——という取引構造でした。
保護 — リースで支え、共同開発させる(1961〜1965年)
1961年8月、国産メーカー7社(富士通信機製造・日立製作所・日本電気・沖電気工業・東芝・三菱電機・松下電器産業)と政府の折半出資で日本電子計算機株式会社(JECC)が設立されました。ユーザーがレンタルを希望するとJECCがメーカーから機械を買い上げてレンタルする、実質的な国策リース会社です。国産機は当時まだ価格競争力が弱く、ユーザーに一括購入させるのが難しかったため、この仕組みが導入初期の需要を支えました。日本IBMはこの7社に含まれていません——保護の対象は国産メーカーに限定されていました。
もう一つの手が共同開発です。1962年9月、通産省は富士通・沖電気・NECの3社に「電子計算機技術研究組合」を結成させ、3年間で3.5億円を補助しました。計画名「FONTAC」(Fujitsu Oki Nippondenki Triple Allied Computer)は、IBM 7090/7094級以上の国産機開発を目標に、CPU部分を富士通、入出力部分をNECと沖電気が分担する形で進み、1964年秋に完成。富士通はこの技術を転用し、1966年に商用機「FACOM 230-50」として発売しました。
日本IBMを保護策の外に置きながら、同じ年にその特許を開放させて国産各社の技術基盤に組み込む——1960年前後の通産省は、排除と活用を同時に進めていた。
JECC設立(1961)とIBM特許開放契約(1960)の経緯より
03 · THE REORGANIZATION
1971〜72年、6社が3グループに割れる
1960年代の保護と共同開発を経て、1970年代初頭に業界構造を決定づけるもう一つの再編が起こります。通称「三大コンピューターグループ」です。
1971年4月にコンピュータ産業の自由化方針が決定され、同年10〜11月に国産メーカー6社が3グループへ編成、1972年3月に各グループが正式に技術研究組合を結成しました。法的根拠は1971年制定の「特定電子工業及び特定機械工業振興臨時措置法」。組み合わせと開発機種は次の通りです。
| グループ(1972年時点) | 参加企業 | 開発した機種 | 現在の位置づけ |
| 第1グループ | 富士通+日立製作所 | Mシリーズ | 両社ともに現在の「上位5社」に残る |
| 第2グループ | 日本電気(NEC)+東芝 | ACOSシリーズ | NECは残るが、東芝は1978年にメインフレーム事業を撤退 |
| 第3グループ | 三菱電機+沖電気工業 | COSMOシリーズ | いずれも現在の「上位5社」には入らない |
出典:情報処理学会「コンピュータ博物館」(国産メーカの3グループ化)、Wikipedia「三大コンピューターグループ」(両ソースの組み合わせ・時期が一致)。
再編の目的は、当時世界市場で圧倒的なシェアを持っていたIBMに対抗しうる機種の開発と生産の合理化でした。1972〜76年の5年間で、新製品系列開発補助金として570億円が投じられ、1974年に各グループがMシリーズ・ACOSシリーズ・COSMOシリーズを発表しています。主導したのは通産省側が平松守彦氏、産業界側が富士通の池田敏雄氏でした。
なぜ3社は「今の5社」から外れたのか
2グループのうち東芝は1978年にメインフレーム事業から撤退し、ACOSシリーズの事業をNECとの合弁会社「日電東芝情報システム株式会社」(現・NECトータルインテグレーションサービス株式会社)へ譲渡しました。沖電気工業はさらに早く、1953年に米スペリーランド社との合弁「沖ユニバック社」設立時点で大型汎用機の開発から手を引き、周辺機器・端末機器の専業に転換済みでした——1972年のCOSMOグループでも沖電気の役割が周辺機器分野に偏っていたのは、この経緯と整合します。三菱電機がいつ汎用機事業から撤退したかは、今回の調査では具体的な時期を特定できませんでした(後述の留意点を参照)。
なお、この6社は同じ時期に日本電信電話公社(電電公社)向けの独自コンピュータ「DIPS」の製造も担っていました(1971年にDIPS-1完成、製作は富士通・日立・NEC)。ただしWikipedia「三大コンピューターグループ」記事は「このグルーピング政策と直接の関連は無い」と明記しており、2つの政策文脈が同じ企業群を通じて並行していたと理解するのが正確です。
04 · THE OUTSIDER WHO WASN'T
日本IBM — 保護の外にいた供給源
1971年の自由化方針は、1975年12月までにコンピュータ産業の外資規制を撤廃する計画でした。実際に1975年、例外業種を除き外資比率100%までの自動認可が始まります。同じ1975年2月、椎名武雄氏が日本IBMの社長に就任し、「Sell IBM in Japan, sell Japan in IBM.」を標語に、日本の産業界への貢献を通じて「日本の企業」として認知されることを目標とする経営を展開しました。
この時系列を通して見ると、日本IBMの立ち位置は単純な「規制された外資」では説明がつきません。保護策(JECCのリース対象、通産省の補助金)の枠外に置かれながら、1960年の特許開放契約を通じて国産メーカー各社の技術基盤に食い込んでいた——排除された競争相手でありながら、同時に技術供与の元売り主でもあったという、二重の立場です。1975年の自由化は、この立場をさらに一段進め、日本IBM自身を「国産化された外資」に近づけました。
05 · THE LATECOMER
もう一つの系譜 — 電電公社からNTTデータへ
5社目のNTTデータは、通産省の保護政策とは全く別の系譜から生まれました。
1952年8月1日、逓信省の解体を受けて日本電信電話公社(電電公社)が設立されます。1966年にデータ通信サービスの実施が認可され、1967年に公社内へデータ通信本部が設置されました。1971年には独自仕様コンピュータ「DIPS-1」が完成(製作は富士通・日立・NEC)——先述の三大コンピューターグループと同じ企業群が、電電公社側の需要にも応えていたことになります。
1985年4月1日、電電公社は民営化されて日本電信電話株式会社(NTT)となり、データ通信本部はデータ通信事業本部に改組。1988年5月23日、この事業本部が分離してエヌ・ティ・ティ・データ通信株式会社が設立されました(資本金100億円、初代社長・藤田史郎氏)。
| 年 | できごと |
| 1995.4 | 東証第二部上場 |
| 1996.9 | 東証第一部指定替え |
| 1998 | 商号変更「エヌ・ティ・ティ・データ通信」→「株式会社エヌ・ティ・ティ・データ」(創立10周年、新規上場や増資ではない) |
| 2018.10 | NTT(持株会社)傘下へ移行。上場・経営独立性は維持 |
| 2023.7.1 | 持株会社体制化、商号「株式会社NTTデータグループ」に。NTT保有比率は約57.73%のまま、東証プライム上場も継続 |
| 2025.5.8 | NTTが完全子会社化を目的としたTOBを発表。1株4,000円(前日終値に約34%プレミアム)、総額約2兆3,712億円 |
| 2025.6.20 | TOB結果公表。NTTの保有比率81.75%に上昇(単独では100%未達) |
| 2025.9.26 | 東証プライム上場廃止 |
| 2025.9.30 | 株式併合により完全子会社化が完了 |
出典:NTTデータグループ公式「当社株式の上場廃止のお知らせ」、日本経済新聞(2025年5月8日付ほか)、Wikipedia「NTTデータグループ」(各社IR開示・報道を脚注に持つ)。
「2023年に完全子会社化された」という理解はよくある誤りです。2023年7月に起きたのは持株会社体制への移行と商号変更のみで、その時点でNTTの保有比率は約58%、東証プライム上場(証券コード9613)も継続していました。完全子会社化と上場廃止は2025年9月の出来事です。同様に「1998年上場」も誤りで、実際の上場は1995年(東証二部)、1998年はブランド名を反映した商号変更にとどまります。
FIG. 01 — 「5社」形成のタイムライン(1937〜2025年)
図: 国産化保護政策・日本IBMの系譜(青)と、電電公社・NTTデータの系譜(緑)を1本の時間軸に統合。出典は本文各節と同じ。
06 · THE RANKINGS
実際に何が変わっていないのか
形成過程を踏まえて、現在の実態を確認します。IDC Japanが発表してきた「国内ITサービス市場」のベンダー別シェア調査を、確認できた4つの時点で並べました。
| 調査時点 | 1位 | 2位 | 3位 | 4位 | 5位 |
| 2004年3月期 | 富士通 | 日本IBM | 日立 | NEC | NTTデータ |
| 2009年3月期 | 富士通 | NEC | 日立 | NTTデータ | 日本IBM |
| 2015〜16年 | 富士通 | NEC | 日立 | NTTデータ | 日本IBM |
| 2024年 | 富士通 | 日立 | NEC | NTTデータ | 日本IBM |
出典:ITmedia(2004年3月期・2009年3月期)、IDC Japan発表を報じたenterprisezine.jp(2016年発表分)・日経記事(2017年発表分)、Impress Watch・ImpressBusiness Media・Publickey(2024年実績、発表2025年7月30日、市場規模7兆205億円)。すべてIDC Japan調査に基づく報道。
5社という「集合」は2004年から2024年までの4つの調査時点で一度も入れ替わっていません。ユーザーの間で語られる「10年以上変わらない」という感覚は、実際には20年分のデータで裏付けられる、むしろ控えめな表現でした。日本IBMは2004年に2位だったものが2009年以降は5位に定着し、NTTデータは2004年の5位から2009年以降は4位に定着——2位から5位までは何度も並び替わっているものの、5社という外枠自体は動いていません。
「1位」はどこか——調査会社によって答えが変わる
ここに大きな留保がつきます。IDC基準では富士通が2004年から2024年まで一貫して1位ですが、別の調査会社ガートナーの集計では、2022年を境に富士通が1位から3位へ後退し、NTTデータが1位に浮上しています。
富士通は2022年からNTTデータとNECに抜かれ、3位に後退していた。
日経クロステック(2025年1月21日)/日経コンピュータ2025年1月23日号、ガートナー発表(2024年8月)「2023年の日本のサービス市場」シェア調査より
ガートナー基準の2023年実績(市場規模14兆6,803億円、+8.9%)は、1位NTTデータ1兆6,110億円(シェア11.0%)、2位NEC1兆3,011億円(シェア8.9%)、3位富士通1兆1,875億円(シェア8.1%)。この市場規模はIDCの「7兆205億円」の約2倍にあたり、集計対象の範囲が異なる別の市場定義です。「今どこが1位か」は、どの調査会社の物差しを使うかで答えが変わる状態にあります。
「5社の集合」は20年変わらなかった。しかし「その中の1位」は、少なくとも一つの主要な物差しの上では、2022年に変わっていた。
IDC Japan・ガートナーの両基準を対比した本記事の結論
各社の現在の規模(分かる範囲で)
参考として、各社の直近の売上規模を確認します(集計範囲が異なる数値を含むため、単純比較はできません)。
- 富士通「サービスソリューション」セグメント:2兆2,459億円(2025年3月期、前年度比+5.1%)
- 日立製作所「デジタルシステム&サービス」セグメント:外部顧客向け売上収益2兆6,530.87億円(2025年3月期、決算短信原本で確認)
- NEC「社会インフラ」領域:1兆1,417億円(2025年3月期、+6.0%)。全社売上収益は3兆4,234億円
- NTTデータグループ:4兆6,387億円(2025年3月期、グローバル連結、+6%)
- 日本IBM単体:7,309億円(2023年、全社ベース=ハード・ソフト・サービス合算、+13%)。IDC調査の「国内ITサービス市場」シェア分(5,400億円)とは集計範囲が異なる別の数値
07 · WHY IT STICKS
なぜ変わりにくいのか
5社という外枠が20年動かない背景には、システムそのものの構造的な粘着性があります。
2025年の崖
経済産業省は2018年9月7日、通称「2025年の崖」を含むDXレポートを発表しました。既存の基幹系システムの60%超が導入から21年以上経過し、放置すれば2025〜2030年にかけて経済損失が最大12兆円/年に達すると警告する内容です。古いシステムほど、開発した当初のベンダーでなければ改修できない状態が続きやすく、これが上位固定の一因とされます。
多重下請け構造
公正取引委員会は2022年6月29日、「ソフトウェア業の下請取引等に関する実態調査報告書」を発表しました。資本金3億円以下のソフトウェア開発業2.1万社を対象にしたアンケート(回答率22.6%、4,739社)と、大手・中堅ITベンダー16社への聞き取りに基づき、最大6次下請けに及ぶ事例を報告しています。元請けの多くが今回取り上げた大手SIerであり、その下に何層もの下請け企業が連なる構造——いわゆる「ITゼネコン」——が、上位企業への発注の集中を支えています。
ベンダーロックインの実例
大手金融機関のシステムには、複数ベンダーへの依存が具体的な形で残っています。みずほ銀行の基幹系システム「MINORI」は、4行合併(第一勧業・富士・日本興業銀行)の経緯を反映し、富士通(旧第一勧業銀行系)・日立(旧日本興業銀行系)・日本IBM(旧富士銀行系)・NTTデータの4ベンダーが分担開発(開発費4,500億円超、2019年稼働)しました。みずほFG自身の公式報告書(2021年6月15日)は、4つの異なるOS・DBMSで構成される複雑性を、2021年に相次いだシステム障害の一因として挙げています。
地方銀行の勘定系共同システムでも、ベンダー別のシェアは固定的です。日経クロステックの独自集計によれば、採用行数ベースでNTTデータが40.2%(39行、「地銀共同センター」等4系統)、日本IBMが25.3%(25行、「じゅうだん会」)を占め、富士通は新規採用が向かない状況にあるといいます。
⚠ 留意点
- 「FNHI」という略称について、初回の検証エージェントによる検索では使用例を発見できませんでした。ユーザーから提示された2010年のITmediaブログ記事・2021年の日経ビジネス記事で実際の使用例を確認できたため、記事を訂正しています。検索エンジンで見つからないことは、その用語が実在しないことの証明にはなりません。
- 経済産業省「2025年の崖」の原本PDFは、本記事の検証時に3つのURLいずれもアクセスできず(403)、4件の独立した二次資料の一致に基づく確度「中」の記述です。改めて原本へのアクセスを試みる余地があります。
- 「5社の構成が2004年から2024年まで変わっていない」は、確認できた4つの調査時点(2004・2009・2015〜16・2024年、いずれもIDC Japan)の比較であり、間の年を含む連続した年次データを確認したものではありません。
- IDC JapanとガートナーはともにIT業界を代表する調査会社ですが、「国内ITサービス市場」の集計範囲が異なり(市場規模で約2倍の差)、「1位」の答えが調査会社によって変わります。どちらか一方を絶対的な正解として扱っていません。
- 三菱電機がメインフレーム(汎用機)事業から撤退した具体的な時期は、今回の検証では確認できませんでした。
- 日本アイ・ビー・エム単体の売上「7,309億円」(2023年、全社ベース)と、IDC調査における日本IBMの「国内ITサービス市場」シェア分「5,400億円」は集計範囲が異なる別の数値です。同一企業の数字として単純比較しないでください。
- 政府・自治体調達における大手SIerの受注シェアについて、具体的な数値を示す一次資料は確認できませんでした。
- 「ITゼネコン」という呼称がいつ頃から使われ始めたかを示す一次資料は確認できていません。
- 日付・数値は2026年8月10日時点の公開資料に基づきます。本記事は公開情報を基に当サイトが整理した一般的な情報提供を目的としており、特定企業の評価や金融商品の購入・売却を推奨・勧誘するものではありません。
FAQ
Q. 「FNHI」という呼び方は本当に使われているのですか?
実在します。2010年2月、ITmediaの公式ブログで本荘修二氏(多摩大学大学院客員教授)が「FNHI(Fujitsu, NEC, Hitachi, IBM)とNTTデータ」という、ほぼユーザーの表現と同一の言い方を使っています。2021年には日経ビジネスの取材で、IBMを除いた「FNH」という略称も使われました。ただしIDC Japanやガートナーなどの調査会社、日経クロステックなどの業界メディアは使っておらず、業界標準の用語ではなく個々の論者による略称と位置づけるのが正確です。
Q. 上位5社は本当に何十年も変わっていないのですか?
確認できた2004年・2009年・2015〜16年・2024年の4つの調査時点(いずれもIDC Japan)で、富士通・NEC・日立・NTTデータ・日本IBMの5社構成は一度も入れ替わっていません。ただしこれは4つのスナップショットの比較で、間の年をすべて確認したわけではありません。また、この5社の中の順位は何度も変わっています。
Q. 今、日本のITサービス市場で1位はどこですか?
どの調査会社の集計を使うかで答えが変わります。IDC Japan(2024年、市場規模7兆205億円)では富士通が1位です。一方、ガートナー(2023年、市場規模14兆6,803億円という広い市場定義)では2022年に富士通が3位へ後退し、NTTデータが1位、NECが2位という結果になっています。
Q. なぜ東芝・三菱電機・沖電気は今の「上位5社」に入っていないのですか?
東芝は1978年にメインフレーム事業をNECとの合弁会社へ譲渡して撤退しました。沖電気はそもそも1953年の時点で大型汎用機の開発から手を引き、周辺機器専業に転換していました。三菱電機が汎用機事業から撤退した具体的な時期は、今回の検証では確認できませんでした。
本記事は情報処理学会「コンピュータ博物館」、経済産業省、公正取引委員会、みずほフィナンシャルグループ、NTTデータグループ、各社IR資料、日本経済新聞・日経ビジネス・日経クロステック・ITmedia等の報道を基に当サイトが整理した一般的な情報提供を目的としており、特定企業の評価や金融商品の購入・売却を推奨・勧誘するものではありません。一部の記述には二次資料に依拠した部分があり、確度は留意点に記載の通りです。最終的な判断はご自身の責任で行ってください。
出典:情報処理学会「コンピュータ博物館」、経済産業省、公正取引委員会、みずほフィナンシャルグループ、NTTデータグループ、日本経済新聞・日経ビジネス・日経クロステック・ITmedia・@ITの各報道(2026年8月10日時点)。