POLICY COLUMN ・ NATIONAL UNIVERSITY REORGANIZATION
「日本で唯一」の大学は消えたのか — 図書館情報大学、筑波統合から23年
編集部・最終更新 2026年8月21日
1979年、筑波研究学園都市に「日本で唯一」の図書館情報学単科の国立大学として開学した図書館情報大学は、2002年に筑波大学へ統合され、法律上の大学としての歴史を終えました。よく語られる「2001年の大学構造改革方針(いわゆる遠山プラン)が統合を主導した」という理解は、一次資料に当たると時系列が合いません——統合協議は実際にはプラン発表の1年前から始まっていました。そして「消滅」という言葉が指す出来事も、法律上の地位喪失(2002年)と完全閉学(2004年)という2段階に分かれています。本記事は、中央省庁の再編を「持続と変容」という視点で分析してきた東京大学・城山英明氏の行政組織論の枠組みを借りながら、この大学の105年に及ぶ組織的系譜と、統合後に何が残り何が変わったのかを一次資料で追いました。
本記事は、国立学校設置法およびその改正法(昭和39年法律第9号・昭和54年法律第11号・平成14年法律第23号)、国立学校設置法施行令の一部を改正する政令(政令第242号)、文部科学省「大学(国立大学)の構造改革の方針」(2001年6月)原文、筑波大学公式サイト・プレスリリース、大学評価・学位授与機構の評価報告書、日本図書館情報学会・大学図書館研究掲載論文、図書館情報大学同窓会「橘会」公式サイト、城山英明氏(東京大学)の研究業績・講義資料等を基に、当サイト編集部が整理したものです。日付・数値は2026年8月10日時点。
105年
源流である文部省図書館員教習所(1921年)から現在(2026年)までの組織的系譜の通算年数
2段階
「消滅」は一日ではない。法律上の地位喪失(2002年10月)と完全閉学(2004年3月)は別の日付
1年早く
統合協議の開始(2000年6月)は、いわゆる「遠山プラン」発表(2001年6月)より早かった
FIG. 01 — 組織形態の変遷(1921年〜2026年)
図: 図書館情報大学とその源流・後継組織の変遷(1921年〜2026年)。文部省図書館員教習所(1921年)を起点とする養成機関(グレー)は、1964年に図書館短期大学(東京)、1979年に図書館情報大学(筑波、緑)へと引き継がれた。2002年10月の筑波大学統合後は図書館情報専門学群、2007年からは情報学群知識情報・図書館学類(青)として現在まで続く。図書館情報大学の薄い部分(2002年10月〜2004年3月)は、法律上の別大学としての地位を失った後も経過措置で存続していた期間。出典は本文および一次情報リンク集を参照。
01 · THE LINEAGE
まず整理 — 「大学」になるまでの55年
図書館情報大学の源流をたどると、単一の機関が名前を変え続けてきただけではないことがまず分かります。最初の機関は大正10年(1921年)6月、東京美術学校の構内に開設された「文部省図書館員教習所」——文部省普通学務局第4課(課長・乗杉嘉寿、嘱託・川本宇之介)が主導した、公共図書館・学校図書館の職員養成機関でした。大正14年(1925年)3月に「文部省図書館講習所」へ改称した後、昭和20年(1945年)3月、戦災等により一時閉鎖されています。
戦後の再建も一直線ではありません。昭和22年(1947年)5月に帝国図書館附属図書館職員養成所として再出発し、同年12月の国立図書館成立に伴い「国立図書館附属図書館職員養成所」に、さらに昭和24年(1949年)、国立図書館の廃庁(国立国会図書館の成立)に伴って文部省の直轄となり「文部省図書館職員養成所」に改称——ここまでで既に5回の名称変更を数えます。この最後の改称の法的根拠は文部省設置法附則第11項、文部省令第20号「図書館職員養成所規程」(昭和24年5月31日公布)で、目的は「公共図書館及び学校の図書館の職員を養成する」ことと定められていました。
養成所が4年制大学としての正式な地位を得たのは、さらに後のことです。昭和39年(1964年)4月1日、国立学校設置法の改正(昭和39年法律第9号)により、東京都(当初は台東区上野公園内、同年12月からは世田谷区下馬の東京学芸大学附属世田谷小学校跡地)に「図書館短期大学」が設置されました。修業年限は本科(図書館科)2年・特別養成課程(別科)1年、開学時定員は図書館科80名・別科40名。旧・図書館職員養成所はこの短期大学に「附置」される形で存続し、完全な廃止は約11か月後の昭和40年(1965年)3月でした。
司書資格との関係も、この「大学化」が節目になっています。図書館法第5条は司書資格の要件を「大学を卒業した者」であることを本則としており、養成所時代は正規の大学ではなかったため附則の特例規定で司書資格が例外的に付与されていました。短期大学、続く4年制大学への昇格によって、卒業生は本則に基づいて正規のルートで司書資格を取得できるようになった——という位置づけです。
02 · TSUKUBA & THE "ONLY ONE" CLAIM
なぜ筑波だったのか、なぜ単科大学だったのか
図書館短期大学が「筑波研究学園都市」への移転候補として名前が挙がったのは昭和42年(1967年)9月、東京教育大学等36機関を移転予定機関とする閣議了解によってです。筑波研究学園都市そのものは、東京一極集中の緩和と高水準の研究教育拠点の形成を目的とした国家プロジェクトで、昭和45年(1970年)の筑波研究学園都市建設法成立、昭和48年(1973年)の筑波大学開学(東京教育大学を母体とする「開かれた大学」)を経て、昭和55年(1980年)3月までに文部省・科学技術庁・農林水産省・通商産業省など複数の府省庁にまたがる計43機関の移転・新設が完了しています。
ここで見落とされがちなのは、図書館短期大学が単純に「移転」したわけではないということです。大学評価・学位授与機構の評価報告書は「図書館情報大学の新設は図書館短期大学の筑波研究学園都市への移転の要請を契機として計画されたもの」と明記しており、実際に地理的に動いたのは新設された図書館情報大学であって、図書館短期大学自体は東京・世田谷に残ったまま前述の経過措置を経て昭和56年(1981年)3月31日に閉校しています。法律上も、昭和54年(1979年)3月31日公布の「国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律」(昭和54年法律第11号)は、本則の施行日を同年4月1日としながら、図書館情報大学を新設する条項に限っては附則で「昭和五十四年十月一日」という個別の施行日を指定しています——1979年10月1日という設置日は、この条文レベルで裏付けが取れる日付です。ただし筑波キャンパスの完成は同年11月、最初の学生を迎えた第1回学部入学式は翌昭和55年(1980年)4月(入学定員120名)で、法的な設置日と実質的な教育開始の間には半年ほどのズレがあります。
「日本で唯一の図書館情報学単科の国立大学」という位置づけは、当時の当事者自身の言葉としても確認できます。昭和54年(1979年)5月18日付で図書館短期大学同窓会が文部大臣・内藤誉三郎宛に提出した陳情書には「筑波研究学園都市に創設される同大学は、図書館・情報学に関するわが国唯一の大学として」との一節があります。ただし同じ同窓会が昭和33年(1958年)に提出したより古い陳情書には「司書養成機関として完全な形態をそなえたものは慶応の図書館学校のみであり」という記述も残っています。私立の慶應義塾大学文学部は昭和26年(1951年)——図書館情報大学の開学より28年も前——に日本初の大学における司書養成機関として図書館学科を設置しており、「唯一」という表現は正確には「国立大学の中では唯一」という意味だったことになります。
「唯一」は、正確には「国立大学の中では唯一」だった
図書館短期大学同窓会の陳情書(1958年・1979年)の突き合わせより
単科大学という制度形態が採用された政策的な理由そのものを示す文部省側の一次資料は、今回の調査では見つかっていません。ただし図書館学界内部では1950年代から「既存大学(東京大学等)へ発展的に解消する案」と「独立した短期大学・単科大学とする案」が両論併記で検討されており、最終的に後者が採用された、という経緯を示す学会誌の記述が残っています。設立の実務は、文部省の外部審議会ではなく図書館短期大学内部に設置された準備組織——昭和52年(1977年)4月設置の「図書館大学(仮称)創設準備室・準備委員会」——が担い、昭和53年(1978年)7月に『図書館大学(仮称)の構想について』、昭和54年(1979年)9月に『図書館情報大学の創設準備について―まとめ―』を発刊しています。
03 · TWENTY-THREE YEARS AS A UNIVERSITY
大学として生きた23年
図書館情報大学は、設置(1979年)から統合による法的地位の喪失(2002年)まで23年、開学から完全閉学(2004年)までなら約24年半にわたり、一貫して図書館情報学部図書館情報学科という1学部1学科だけの単科大学でした。内部組織は「大講座制」で、開学時は図書館情報学・図書館情報システム論・情報媒体論・情報組織化論・情報社会関係論の5講座(いずれも昭和55年4月設置)、平成4年(1992年)に知識情報論講座を加えて6講座体制になっています。入学定員は開学時120名から始まり、昭和61年度(1986年度)以降140名、平成4〜8年度は180名、平成11年度(1999年度)以降は150名で推移しました。三年次編入学は昭和57年度(1982年度)に定員20名で始まり、平成10年度(1998年度)から30名に増員されています。
大学院は昭和59年(1984年)4月、修士課程「図書館情報学研究科図書館情報学専攻」(入学定員16名)として設置。この修士課程は平成12年(2000年)3月末で発展的に廃止され、同年4月、区分制博士課程「情報メディア研究科情報メディア専攻」(博士前期課程34名・博士後期課程18名)に改組されました——統合の2年半前、大学としての最後の大きな制度改革です。
卒業生の進路は、当初の設立目的である「司書・図書館専門職の養成」からすると、やや意外な内訳を示しています。大学評価・学位授与機構の報告書(2001年頃作成)によれば、2000年までの卒業生の進路は図書館関係が約25%にとどまる一方、企業就職が約55%(うち半数程度が情報産業)、進学が約5%、その他が約15%でした。同報告書は「図書館情報大学が開学した時期と前後して、コンピュータ技術の急速な発展とその普及が起こり、情報処理技術者の養成が急務の課題となった」ため、情報処理教育を受けた卒業生が情報関連企業に多数受け入れられた、と背景を説明しています。司書養成を掲げて生まれた大学が、実態としては情報産業への人材供給拠点としての性格を強めていた——というのが、統合前夜の姿でした。
同じ報告書は、大学の規模そのものにも触れています。「1985年4月(大学院修士課程を含む完成年度)の教職員の定員は教官が58名、事務職員が83名と小規模な大学である」との記述に加え、教養教育を専門に担当する独立組織を持たない(外国語教育センター・体育保健センターを除く全教員が図書館情報学の専門教育・研究組織に所属)という構造も明記されています。この報告書自体は統合協議が既に始まっていた時期の作成であるため、「小規模性が統合よりずっと前から問題視されていた」と単純に因果づけることはできませんが、統合と同時期の公式な自己評価文書に、単科大学としての規模の制約がそのまま記録されていたことは確かです。
04 · WHO DECIDED, AND WHEN
統合はいつ、誰が決めたか
「2001年のいわゆる遠山プランが、この統合を主導した」——これは記事化にあたって最初に検証すべき想定でした。結論から言うと、時系列が逆です。
筑波大学の公式沿革ページによれば、統合協議は平成12年(2000年)6月22日、筑波大学評議会が「図書館情報大学との統合について話し合いを始めること」を了承したことに始まります。同月30日には両大学長が共同記者会見で「発展的統合に向けて検討を開始する」と発表しました。同年10月27日に筑波大学評議会が統合推進・合意書・覚書・統合協議会設置を決定し、11月6日に統合推進の合意書調印式、11月17日に「図書館情報大学・筑波大学統合協議会」が設置され第1回協議会が開かれています。
一方、文部科学省が「大学(国立大学)の構造改革の方針」(いわゆる遠山プラン、遠山敦子文部科学大臣)を公表したのは平成13年(2001年)6月——統合協議の開始から、既に1年が経過した時点です。プラン原文をWayback Machineで復元して確認すると、柱の一つに「国立大学の再編・統合を大胆に進める」があり、「単科大学(医科大学など)は、地域の実情等に応じて、他大学との統合等を含め、抜本的な見直しを行う」という記述はあるものの、図書館情報大学・筑波大学という個別の大学名は一切登場しません。統合協議はこの方針表明より先行して独自に進んでおり、プランが名指しでこの組み合わせを提案・後押ししたという事実は確認できませんでした。
FIG. 02 — 統合の意思決定タイムライン(2000年〜2004年)
図: 図書館情報大学・筑波大学の統合をめぐる意思決定タイムライン。統合協議の開始(2000年6月)は、いわゆる「遠山プラン」の発表(2001年6月、アンバー色)より約1年早い。出典は筑波大学公式サイトおよび文部科学省「大学(国立大学)の構造改革の方針」原文(本文および一次情報リンク集を参照)。
この統合の法的な骨格は2段構えでした。まず平成14年(2002年)4月10日公布の「国立学校設置法の一部を改正する法律」(法律第23号)が、国立学校設置法第3条第1項の大学一覧表から「図書館情報大学」の行を削除し、施行日を同年10月1日と定めています。次に同年7月1日公布とみられる「国立学校設置法施行令の一部を改正する政令」(政令第242号)が、統合後に筑波大学へ新設する組織——図書館情報専門学群・図書館情報メディア研究科・図書館情報学系・知的コミュニティ基盤研究センター——を具体的に規定しました。統合に対する学内の組織的な反対を示す一次資料は、今回の調査範囲では見つかっていません。図書館情報大学の吉田政幸学長は統合協議期間中の平成13年(2001年)10月に学長を再々選されており、通常の大学運営が継続していたことがうかがえます(ただし新聞データベース等、より直接的な一次資料には未アクセスであり、反対がなかったと断定はできません)。
05 · TWO DATES OF "DISAPPEARANCE"
「消滅」は一日では起きていない
「2002年10月1日に図書館情報大学は消滅した」という理解も、厳密には不正確です。法律第23号には経過措置(附則第2項)があり、「図書館情報大学…は、改正後の第三条第一項の規定にかかわらず、平成十四年九月三十日に当該大学に在学する者が当該大学に在学しなくなる日までの間、存続するものとする」と定められていました。つまり2002年10月1日は、新規の学生募集を止めて国立学校設置法上の別大学としての地位を失った日であって、在学中の学生が卒業するまでは法律上、図書館情報大学という大学そのものは存続する設計だったのです。
実際に完全閉学したのは平成16年(2004年)3月31日でした。これは当初の経過措置の想定よりも前倒しされた結果とみられ、背景には平成15年(2003年)に成立した国立大学法人法が「一国立大学法人一大学」の原則を採ったことがあります——2004年4月の国立大学法人化にあたり、各大学は一つの法人に一つの大学という体制に整理される必要があり、図書館情報大学の在学者もこのタイミングで筑波大学へ前倒しで移籍する扱いになった、と考えられます。「大学としての別法人格の喪失」(2002年10月)と「完全閉学」(2004年3月)は、2段階に分けて理解する必要があります。
同窓会「橘会」の扱いにも、同様の二段階の変遷があります。統合直後、橘会はそのまま存続しましたが、平成16年(2004年)5月、筑波大学の同窓会「茗渓会」の支部となりました。しかし茗渓会館の建て替えに伴う茗渓会側の財政悪化により支部への配分会費だけでは運営が立ち行かなくなり、平成27年度(2015年度)をもって支部を退会し、独立した同窓会として再出発しています。現在も図書館情報専門学群・情報学群知識情報・図書館学類およびその大学院の卒業生を会員として受け入れ、総会・懇親会・会報発行等の活動を続けています。旧図書館情報大学の校地(茨城県つくば市春日一丁目2番地)は「筑波大学春日エリア」となり、現在も知識情報・図書館学類および図書館情報メディア系の所在地として使われています。
06 · THE SECOND REORGANIZATION
2007年、もう一段の再編
統合から5年後の平成19年(2007年)4月、筑波大学は学群・学類制の全学的な再編を行いました。平成17年(2005年)7月21日付の公式プレスリリースによれば、狙いは「大学間競争の激化」「社会ニーズの高度化・多様化」への対応と「教育の方針・内容を社会によりわかり易い形で伝える」ことで、それまでの7学群(うち専門学群4)15学類が、9学群(うち専門学群2)23学類に再編されました。
このとき、図書館情報専門学群(統合時の定員は2007年改組後の定員110名から逆算すると180名程度とみられますが、設置認可時点の一次資料そのものは確認できていません)は単純に改称されたわけではありません。同プレスリリースは「図書館情報専門学群については、第三学群の情報学類とともに一つの学群を編制し、情報や知識に関する幅広い学問領域を融合した『情報学群』とします」と明記しており、それまで図書館情報学とは無関係だった第三学群情報学類(定員80名)と組み合わされる形で、定員230名の新学群「情報学群」が作られました。その中に、知識情報・図書館学類(定員100名)・情報科学類(定員80名)・情報メディア創成学類(定員50名、新設)という3つの学類が生まれています。当学類の教員自身による論文(2011年)は「従来、図書館情報専門学群で行われてきた図書館情報学に関する教育は、知識情報・図書館学類が引き継ぎ、これまで通り司書課程と司書教諭課程も存在している」と述べており、専門教育の内容自体は継承されたとしています。
大学院にも、これとは別のタイミングでもう一段の再編が及んでいます。令和2年(2020年)4月、筑波大学は大学院全体を「研究科」制から「学術院」制(人文社会ビジネス科学学術院・理工情報生命学術院・人間総合科学学術院の3学術院+学位プログラム制)へ一元化する全学的な大学院教育改革を実施し、「図書館情報メディア研究科」という名称は、統合を機に生まれてから18年でその役目を終えました。現在は人間総合科学学術院人間総合科学研究群「情報学学位プログラム」に統合されています。これは図書館情報学に固有の再編ではなく、大学院組織を一つに集約するという筑波大学全体の改革の一部です。
07 · WHERE IT STANDS NOW
現在地 — 知識情報・図書館学類という組織のかたち
2026年時点の正式名称は「筑波大学 情報学群 知識情報・図書館学類」(英名 College of Knowledge and Library Sciences)。現行の3主専攻は知識科学・知識情報システム・情報資源経営です(2011年の学類自身の論文では第3主専攻名は「情報経営・図書館主専攻」となっており、その後現在までに改称されたとみられます)。入学者選抜は推薦入試(定員40名、2025年度志願93名)・後期日程(定員11名、2025年度志願69名、実質倍率約2.0倍)・AC入試(定員5名、志願27名)・3年次編入(定員10名)等に分かれ、2027年度入試からは前期日程16名を新設し後期日程を廃止する変更が公式サイトで予告されています。なお受験情報サイト等では「学類全体の入学定員100名」という数字がよく使われますが、選抜方式別の定員を単純合算すると2025年度の公式データでは約56〜66名にとどまり、2026年時点で学類全体の総定員を100名と明記する一次資料は今回確認できませんでした(2007年発足時点の設計定員が100名だったことは確認済みです)。
司書・司書教諭資格の取得に直結するカリキュラムは、現在も維持されています。2025年度の公式シラバスには「大学において修得すべき図書館に関する科目」「大学において修得すべき司書教諭講習に相当する科目」の章が現存し、「図書館概論」など司書資格に関わる必修科目が2025年度も開講されています。2011年時点の学類自身の記述によれば、司書資格は法定の14科目20単位を上回る14科目27単位を要求する設計で、プログラミング演習が必修のため他学類生の取得はほぼ皆無、教員免許取得者(全学類生の1割前後)はほぼ全員が司書教諭資格も取得する、という厳格さがありました。
一方で、「日本で唯一」という位置づけそのものの現在地は複雑です。統合後に他大学へ図書館情報学系の学部・学科が新設された例は今回確認できていませんが、慶應義塾大学文学部「図書館・情報学専攻」、鶴見大学文学部「ドキュメンテーション学科」、聖徳大学人文学部「図書館情報コース」など、複数の私立大学に同分野の学科・専攻が現存しています。知識情報・図書館学類自身の教員による論文(2011年)は「図書館情報大学や筑波大学図書館情報専門学群時代は…内向きのベクトルであったのが、知識情報・図書館学類になって、外向きのベクトルが生まれてきた」と述べ、意図的に図書館限定のアイデンティティから脱していく方向性を語っています。実際、2011年時点の卒業生進路は図書館・公務員が17%にとどまり、企業(主に情報系)が52%を占めていました。専門教育としての希釈化ではなく、大学としてのブランド・進路の多様化が学類側の自己認識に近いようですが、結果として「図書館情報学に特化した機関」という当初のアイデンティティが薄まったことは、進路データにも表れています。
08 · A SHIROYAMA-STYLE READING
城山英明的に見る — 持続したものと変容したもの
ここまでの経緯を、どのような枠組みで読み解けばよいでしょうか。本記事は、中央省庁の再編・政策形成過程を一貫して分析してきた東京大学・城山英明氏の行政学の視点を借りることにします。ただし断っておくと、城山氏自身が図書館情報大学の事例を直接分析した論考は確認できていません。以下は、氏が中央省庁の分析で用いてきた枠組みを、大学再編という別の対象に当サイト編集部が応用する試みです。
城山氏が編著者に名を連ねる『中央省庁の政策形成過程―日本官僚制の解剖』(城山英明・鈴木寛・細野助博編著、中央大学出版部、1999年1月)とその続編『続・中央省庁の政策形成過程―その持続と変容』(城山英明・細野助博編著、同、2002年5月)は、当時の主要省庁の意思決定過程・人事・予算メカニズムを比較する共同研究に基づいています。続編の副題「その持続と変容」が示す通り、この研究群の一貫した問いは、組織再編によって何が変わらずに残り(持続)、何が形を変えたのか(変容)を切り分けることにあります。氏はまた講義資料の中で、行政組織の分析を「制度論(政府内制度設計・政府間関係)」「組織・管理論(官僚制論・組織理論、人事、財政、情報管理)」「活動論(政策過程のマネジメント)」という3つの層に分けて捉える視点や、政策を説明する要因を利益(Interests)・制度(Institutions)・アイディア(Ideas)という「3つのI」に整理する比較政治学由来の枠組みを紹介しています。
この3層で図書館情報大学の統合を整理すると、次のようになります。
制度設計の層——法律第23号による国立学校設置法上の地位喪失(2002年)と、政令第242号による筑波大学内の新組織の規定は、他の同時期の単科大学(山梨医科大学等)の統合と全く同じ法形式(附則による経過措置付きの吸収)で処理されています。制度設計だけを見れば、図書館情報大学は数ある「小規模単科大学の吸収」の一例に過ぎません。
組織・管理の層——しかし実際の組織的な扱われ方は、他の吸収事例と一様ではありません。同じ2002年前後に統合された東京商船大学・東京水産大学は、互いに対等な形で新しい専門単科大学「東京海洋大学」として存続しました。図書館情報大学の場合、2002年時点では「専門学群」という特別な地位(体育専門学群・芸術専門学群と並ぶ、単一分野特化型の学群区分)が用意されましたが、2007年の再編では無関係だった情報学類と組み合わされて混成型の「情報学群」の一学類となり、2020年には大学院の名称からも「図書館情報メディア」という言葉が消えました。組織としての独立性は、2002年・2007年・2020年という3段階を経て、段階的かつ不可逆的に失われています。
政策活動の層——ただし資格課程という機能面に着目すると、話は変わってきます。2025年度の時点でも、知識情報・図書館学類は司書・司書教諭資格に必要な科目群を維持し続けており、これは1949年の文部省令第20号が「公共図書館及び学校の図書館の職員を養成する」と定めた目的の、実に76年にわたる連続性を意味します。
器の統合(制度・組織の変容)と、機能の存続(活動の持続)は、必ずしも一致しない
本記事の整理——城山英明らの枠組みを応用して
組織の名称・独立性という「器」は3段階の再編で失われ続けた一方、資格養成という「機能」は驚くほど生き延びている——これが、城山氏らの枠組みを借りて整理した場合の、図書館情報大学というケースの読み解き方です。大学再編を「大学の数が減った・増えた」という数の問題としてだけ見ると、この機能面での持続は見えなくなります。
09 · COMPARED TO ITS PEERS
同時代の他大学再編と比べる
図書館情報大学の統合は孤立した出来事ではなく、2000年代に進んだ国立大学再編の大きな波の、最初期の一部でした。文部科学省の資料によれば、国立大学の総数は平成14年(2002年)4月の101大学から、同年10月(図書館情報大学・山梨医科大学の統合)に99大学、平成15年(2003年)10月(20大学10組の統合)に89大学、平成17年(2005年)10月に87大学、平成19年(2007年)10月に86大学、令和6年(2024年)10月時点で85大学へと、5段階にわたり減少しています。
| 統合後の大学 | 統合の対象 | 施行日 | 備考 |
| 筑波大学 | 筑波大学+図書館情報大学 | 2002-10-01 | 情報系分野との融合。専門学類として存続 |
| 山梨大学 | 山梨大学+山梨医科大学 | 2002-10-01 | 医学・工学を中心とした学際領域への対応 |
| 九州大学 | 九州大学+九州芸術工科大学 | 2003-10-01 | 芸術系分野との融合 |
| 神戸大学 | 神戸大学+神戸商船大学 | 2003-10-01 | 海事・海洋に関する国際領域への対応 |
| 東京海洋大学 | 東京商船大学+東京水産大学 | 2003-10-01 | 対等合併・新たな専門単科大学として存続 |
| (島根・香川・宮崎・大分・佐賀・高知・福井大学) | 各大学+各医科大学 | 2003-10-01 | 医学・工学等に関する学際領域への対応 |
| 富山大学 | 富山大学+富山医科薬科大学+高岡短期大学 | 2005-10-01 | 生命科学を中心に関連分野を融合 |
| 大阪大学 | 大阪大学+大阪外国語大学 | 2007-10-01 | 国際社会で役割を担う人材の養成 |
| 東京科学大学 | 東京医科歯科大学+東京工業大学 | 2024-10-01 | 「科学の進歩」と「人々の幸せ」を探求 |
出典:文部科学省「国立大学法人等の現状について」(令和6年7月時点)。施行日は原則としてその年度の10月1日に統一されている。
この一覧を見ると、図書館情報大学のケースにはいくつかの特徴があります。第一に、法的な処理としては他の医科大学の吸収と完全に同型でした——附則による経過措置付きで大学一覧から名前が削除される、という同じ法形式です。第二に、規模の面では、統合直前の入学定員(1年次150名・3年次編入30名、2001年度)は、同時期に統合された医科大学・商船大学等と比べても最小級でした。第三に、そして最も特徴的なのは、学問分野としての存続のパターンです。東京商船大学・東京水産大学は対等合併により新たな専門単科大学(東京海洋大学)として生き残り、東京外国語大学・東京藝術大学・鹿屋体育大学のように現在も専門単科大学として存続している分野もあります。文部科学省の資料が示す現存の専門単科大学の内訳には、外国語・芸術・体育・海洋・畜産・障害科学といった分野が並びますが、図書館情報学の枠は存在しません。図書館情報大学は、総合大学の一学類への格下げという形で学問分野としての独立性を完全に失った、数少ないケースの一つだったことになります。
⚠ 留意点
- 統合時(2002年)の図書館情報専門学群の入学定員(180名程度)は、2007年改組後の定員(110名)からの逆算推定であり、設置認可時点の一次資料そのものは確認できていません。
- 「大学審議会が図書館情報大学と筑波大学の統合を個別に答申した」という言説は、今回の調査では一次資料を確認できませんでした。大学審議会の代表的答申(1998年10月「21世紀の大学像と今後の改革方策について」)にも個別大学名の記載はありません。
- 統合後に筑波大学内へ具体的な組織を新設した政令(政令第242号)の公布日(2002年7月1日)は検索情報に基づく把握で、条文原本までは確認できていません。
- 統合協議に対する学内(教職員・学生)の組織的な反対の有無は、有料の新聞データベース等、今回アクセスできなかった一次資料が残っている可能性があり、「反対がなかった」と断定はできません。
- 「国立大学統廃合の最初の事例」という一部の言説(Wikipedia)は、同時期・同一法律による山梨大学・山梨医科大学統合との先後関係を確定できないため、本記事では採用していません。
- 城山英明氏自身が図書館情報大学の事例を直接分析した論考は確認できておらず、本記事は氏が中央省庁再編の分析で示してきた枠組み(3層構造・持続と変容という視点)を、大学再編という別の対象に当サイト編集部が応用したものです。書籍原本(正編・続編)にも当たりましたが、「制度論・組織管理論・活動論」の3層構造や「3つのI」という用語そのものは見当たりませんでした。
- 日付・数値は2026年8月10日時点の公開資料に基づきます。学類の入学定員・入試制度は年度により変更されるため、最新の情報は筑波大学公式サイトでご確認ください。
FAQ
Q. 図書館情報大学は本当に「日本で唯一」の大学だったのですか?
正確には「国立大学としては唯一」です。図書館情報学を専門とする単科の国立大学としては他に例がありませんでしたが、私立の慶應義塾大学は1951年から文学部に図書館学科を設置しており、図書館情報大学の開学(1979年)より28年先行していました。「唯一」という表現自体は1979年当時の同窓会陳情書に見られる当事者側の言葉で、政府による公式な「唯一」認定を示す一次資料は見つかっていません。
Q. 統合を主導したのは2001年の「遠山プラン」ではないのですか?
時系列が合いません。筑波大学と図書館情報大学が統合協議の開始を発表したのは2000年6月で、遠山プラン(「大学(国立大学)の構造改革の方針」)の発表は2001年6月——統合協議の方が1年早く始まっています。プラン原文を確認しても両大学の名前は一切登場せず、「単科大学と他大学との統合等」という抽象的な政策カテゴリが示されているだけです。この統合はプランに先行して独自に進んでいたとみるのが、一次資料に整合的です。
Q. 図書館情報大学はいつ「消えた」のですか?
単純な一日では答えられません。国立学校設置法上の別大学としての地位を失ったのは2002年10月1日ですが、同時に成立した経過措置により、在学していた学生が卒業するまでは法律上存続する設計でした。実際に完全閉学したのは2004年3月31日で、これは2003年に成立した国立大学法人法の「一国立大学法人一大学」の原則により、当初の想定より前倒しされた結果です。さらに専門性そのものは2007年の学群再編を経て、現在の「知識情報・図書館学類」に引き継がれています。
Q. 図書館情報大学が持っていた専門性は、今も残っているのですか?
部分的に残っています。2025年度のシラバスには司書資格・司書教諭資格の取得に必要な科目群が現存しており、この点では機能が継続しています。ただし「大学」としての独立した地位、「専門学群」という特別な組織上の位置づけはいずれも失われました——2007年には無関係だった第三学群情報学類と統合されて新設の「情報学群」の一学類になり、2020年には大学院も筑波大学全体の大学院一元化に組み込まれ「図書館情報メディア研究科」という名称自体が消えています。組織としての独立性は完全に失われた一方、資格課程という機能は形を変えて生き延びた、というのが実態に近い姿です。
本記事は国立学校設置法・e-Gov法令検索・文部科学省・筑波大学公式サイト・大学評価学位授与機構・日本図書館情報学会等が公開した一次資料、および学術文献を基に当サイトが整理した一般的な情報提供を目的としており、特定の政治的立場を主張するものでも、金融商品の購入・売却を推奨・勧誘するものでもありません。記載内容は作成時点のものです。最終的な判断はご自身の責任で行ってください。
出典:筑波大学、文部科学省、e-Gov法令検索、衆議院、大学評価・学位授与機構、日本図書館情報学会、大学図書館研究、図書館情報学橘会、東京大学(2026年8月10日時点)。