INVESTMENT STRATEGY ・ 投資の考え方 第43号

CPIで株が動くのは、物価がすでに高いときだけだった

2026年8月12日発表の7月分米消費者物価指数(CPI)は、総合指数が前年同月比3.4%——6月の3.5%からわずかに鈍化し、市場予想どおりでした。値動きも限定的でしたが、「なぜ限定的だったのか」「CPI発表で株価が動くのはどんな時なのか」を、BLS(米労働省労働統計局)の一次資料と、2003年以降283回の発表を対象にした自前実測で検証しました。

本記事は、BLS公式資料(Consumer Price Index news release・発表アーカイブ・発表スケジュール)、FRED(セントルイス連銀)のCPI実値、yfinanceの株価データを基に、当サイト編集部が整理・実測したものです(手法はFOMC声明日・雇用統計(nfp-tokyo)の検証と同一設計)。日付・数値は2026年8月12日時点。

判定
物価次第

平常時、CPI発表当日の米国株は他の日と統計的に区別がつきません(終値-終値の値幅差p=0.561)。動くのは翌営業日の東京の寄り付きだけで、曜日を揃えても有意に残ります(p=0.0108)。ただしコアCPIの前年比が3%を超える高インフレ局面に限ると話は変わり、発表当日の反応は平常期の4〜6倍に跳ね上がります(閾値3%・4%・5%のいずれもp<0.0001)。2026年7月のコアCPIは2.5%——このどの閾値も下回る「平常期」にあり、市場予想どおりで反応が限定的だったのは例外ではなく統計的な既定値でした。

平常時・発表当日の値幅差
+0.032pt
p=0.561・平常日と区別つかず
コアCPI≥5%期の反応倍率
5.8倍
p<0.0001・寄り付きギャップ
東京翌営業日・寄りギャップ差
+0.072pt
p=0.0108・曜日調整後も残る
2026年7月のコアCPI(YoY)
2.5%
3閾値すべて未満=「平常期」
01 · THE RELEASE

CPIは「いつ」発表されるのか

CPI(消費者物価指数)は、対象月の翌月、おおむね月半ば(10日〜14日)の米東部時間午前8時30分——株式市場の寄り付き(9:30 ET)の1時間前に発表される。BLSは年間スケジュール表(bls.gov/schedule/news_release/cpi.htm)で個別に日付を指定しており、雇用統計にあるような「12日を含む週が終わってから3回目の金曜日」という明文化された曜日ルールは、CPIのスケジュールページには見当たらない。

実際、2003年1月から2026年8月までの283回の発表を曜日別に数えると、はっきり分散している。

曜日件数比率
水曜日10336%
木曜日6222%
金曜日6021%
火曜日5820%

出典: BLS「Schedule of Releases for the Consumer Price Index」および発表アーカイブ(bls.gov/bls/news-release/cpi.htm)。2003年1月〜2026年8月、283件。

この分散が、後述する「東京の反応」の測り方に直接効いてくる。もう一つ、2025年10月分は単独発表そのものが無い。2025年10〜11月の43日間の政府機関閉鎖により、同じ月の雇用統計(nfp-tokyo参照)と同様、CPIも単独発表が中止された。母集団の取得スクリプトはこの欠番を自動検出する設計にしている。

02 · DOES WALL STREET MOVE

発表当日、米国株は動いているのか

ここからは2003年1月16日から2026年8月12日までの283回の発表を対象に実測した。CPIも雇用統計と同じく寄り付き(9:30 ET)の1時間前の発表のため、寄り付きギャップと日中(寄り→引け)の値動きを分けて測っている。

結果は、雇用統計・FOMC声明日で見たのと同じパターンだった——値幅でも方向でも、CPI発表日は平常日と統計的に区別がつかない。

指標発表日平常日p値
寄り付きギャップ0.213%0.182%+0.031pt0.1163
日中(寄り→引け)0.702%0.691%+0.012pt0.8148
終値→終値0.800%0.768%+0.032pt0.5606

値幅は絶対値平均(S&P500)。n=280(発表283件のうち米国市場休場2件・本稿執筆時点で当日終値未確定1件を除く)対 n=5,722(平常日)。出典・手法は本文参照。

上昇日の比率(勝率)も、発表日57.1%・平常日54.4%で大きな差はない。CPIという「注目度の高いイベント」が、平常時の米国株を特別動かしているという通説は、少なくともこの23年半のデータでは支持されない。

03 · THE TOKYO ECHO

では東京はどうか — 翌営業日を実測

CPIは日本時間では夜(21:30夏時間/22:30冬時間)の発表で、東京市場は既に閉まっている。日本の投資家にとって最初の反応の場は発表の翌営業日になる。

ここで方法論上の分岐がある。雇用統計(NFP)は283件中96%が金曜発表だったため、「翌営業日の96%を占める月曜だけで比較する」という単純な曜日対照が使えた。CPIは前述のとおり水曜36%・木曜22%・金曜21%・火曜20%と発表曜日そのものが分散しており、東京の反応日も木曜100回・金曜62回・水曜59回・月曜51回・火曜10回と分散する。同じ方法は使えない。そこで曜日ごとに層別し、ラベルを層内だけでシャッフルする並べ替え検定(ブロック並べ替え検定)に切り替えた。曜日構成の違いをそろえたうえで、それでも残る差だけを検定する方法だ。

結果——寄り付きギャップだけ、有意な差が残った。発表翌営業日の寄り付きギャップの値幅は0.673%、平常日は0.602%(差+0.072ポイント、p=0.0109)。曜日を揃えたブロック検定でもp=0.0108とほぼ縮まらない。発表日を±5〜25営業日ずらしたプラセボ検定でも、実測の寄りギャップ(平均+0.119%)は10通りの偽イベント(-0.042%〜+0.114%)すべての外側にあった。

ただし、終値-終値の1日分では消える(発表翌日1.080%・平常日1.015%、差+0.065ポイント、p=0.309・曜日調整後もp=0.297)。反応は寄り付き直後に集約され、その後の東京のザラ場には広がらないということだ。

米国側で見えない反応が、寄り付き直後の東京だけにくっきり出る——ただし1日を通した反応にまでは広がらない。

283回の発表の実測より
04 · THE REGIME SWITCH

インフレ局面で反応は変わるのか — 核心の実測

ここまでは「平常時」の話だった。しかし283回を均して比べると、一つの重要な条件を見落とすことになる——インフレ率そのものの水準だ。

その回の発表が伝えたコアCPI(食品とエネルギーを除く総合指数)の前年同月比で、高インフレ局面と平常局面を分けて比較し直した。閾値は3%・4%・5%の3段階で見て、結論が閾値の取り方に依存しないかを確認している。

結果は明確だった。コアCPIが3%を超える月に限ると、発表当日のS&P500の寄り付きギャップ値幅は平常期の4.5倍(0.593% vs 0.133%、n=49対231、p<0.0001)。4%を超える月では4.4倍(0.691% vs 0.156%、n=30対250、p<0.0001)。5%を超える月では5.8倍(0.945% vs 0.163%、n=18対262、p<0.0001)。閾値をどこに引いても、高インフレ期の反応は平常期をはるかに上回り、強く有意なままだった。

コアCPIが前年比3%を超えると、発表当日の反応は平常期の4倍から6倍に跳ね上がる。

コアCPI YoY閾値別の実測(2003年〜2026年)より
FIG. 01 — インフレ局面別・S&P500発表当日の反応 インフレ局面別・S&P500発表当日の寄り付きギャップ値幅 コアCPI YoY ≥ 3% 高インフレ期 高インフレ期の寄り付きギャップ値幅(絶対値平均) 0.593%(n=49) 0.593% 平常期 平常期の寄り付きギャップ値幅(絶対値平均) 0.133%(n=231) 0.133% → 4.5倍 p<0.0001(有意) コアCPI YoY ≥ 4% 高インフレ期 高インフレ期の寄り付きギャップ値幅(絶対値平均) 0.691%(n=30) 0.691% 平常期 平常期の寄り付きギャップ値幅(絶対値平均) 0.156%(n=250) 0.156% → 4.4倍 p<0.0001(有意) コアCPI YoY ≥ 5% 高インフレ期 高インフレ期の寄り付きギャップ値幅(絶対値平均) 0.945%(n=18) 0.945% 平常期 平常期の寄り付きギャップ値幅(絶対値平均) 0.163%(n=262) 0.163% → 5.8倍 p<0.0001(有意)
図: コアCPIの前年比が高い月に限って、S&P500発表当日の寄り付きギャップ値幅(絶対値平均)を平常期と比較。3つの閾値(3%/4%/5%)いずれでも高インフレ期は平常期の4〜6倍で、並べ替え検定でp<0.0001。2003年1月〜2026年6月のCPI発表(コアYoYが算出できる回)が対象。出典は本文および一次情報リンク集を参照。

値幅は寄り付きギャップだけの現象ではない。終値-終値で見ても、閾値が上がるほど有意になる——3%では有意でない(0.990% vs 0.760%、p=0.110)が、4%では有意(1.126% vs 0.761%、p=0.034)、5%ではさらに強く有意になる(1.487% vs 0.753%、p=0.0027)。寄り付きの反応がまず大きく開き、閾値を上げるほどその反応が1日を通した値動きにまで広がっていく、という構造が見える。

05 · SIZE ISN'T DIRECTION

大きく動くことと、上がることは別

ただし、値幅が大きいことと、株価が上がることは別だ。終値-終値の上昇日比率(勝率)を見ると、コアCPI3%超の月は61.2%、4%超は56.7%、5%超は50.0%——閾値を上げるほどむしろ下がる。平常期の勝率はおおむね54〜58%で、これは全期間の平常日の水準(54.4%)とほぼ同じだ。

つまり、中程度に高いインフレ局面(3%台)では「そろそろ落ち着く」という安心感からの上昇が反応を押し上げている面があるのに対し、極端に高いインフレ局面(5%以上、2022年前後のピーク期が中心)では反応の方向がほぼ五分五分になる。ショックが大きいほど、良い驚きにも悪い驚きにも転びうるということだ。

大きく動くことと、上がることは別だ。

インフレ局面別・勝率の実測より
06 · WHERE JULY 2026 SITS

2026年7月はどこにいるのか

2026年7月分のCPI(2026年8月12日発表)は、BLS一次資料によれば総合指数が前年同月比3.4%(6月の3.5%からわずかに鈍化)、コア指数(食品とエネルギーを除く総合)が前年同月比2.5%(6月の2.6%から鈍化)。季節調整後の前月比は総合+0.1%(6月は-0.4%)、コア+0.2%(6月は横ばい)だった。

ここまでの実測に照らすと、コアCPI2.5%は本稿で見た3つの閾値(3%・4%・5%)のいずれも下回る。この23年半の枠組みでは、2026年7月分は明確に「平常期」に位置する。市場予想どおりで反応が限定的だったという当日の値動きは、例外的な出来事ではなく、統計的にはむしろ既定値そのものだった、ということになる。

2026年7月の反応が限定的だったのは、例外ではなく統計的な既定値だった。

コアCPI2.5%は3閾値すべて未満
07 · THREE EVENTS, THREE ANSWERS

FOMC・雇用統計・CPI — 3つのイベント、3つの答え

当サイトでは同じ設計で、FOMC声明日・雇用統計(NFP)発表日・CPI発表日という3つの定期イベントを実測してきた。並べると、それぞれ違う顔を見せる。

イベント米国株・発表当日東京・翌営業日固有の効き目
FOMC声明日平常日と区別つかず(米p=0.013→曜日調整後0.309)同左(日ギャップp=0.002→曜日調整後0.103)見つかっていない
雇用統計(NFP)平常日と区別つかず(p=0.194)有意に残る(寄りp=0.0001・終値-終値p=0.023、曜日調整後も)改定幅とは無相関(+0.014)
CPI(本稿)平常時は区別つかず(p=0.561)寄りギャップのみ有意(p=0.0108、曜日調整後も残る)インフレ局面依存(コアYoY≥3%で4〜6倍、p<0.0001)

FOMC・NFPの数値は当サイトの別記事(nfp-tokyo、および未公開のFOMC実測)による。手法はすべて曜日調整・プラセボ検定込みの同一設計。

FOMCは条件を変えても効果が見つかっていない。NFPは東京翌日という「場所」に条件が付く。CPIは「局面」——インフレ率そのものの水準——に条件が付くという点で、3つの中で唯一、事前に分かる変数(直近のコアCPI水準)で効果の大小を予見できるイベントだった。

次回のFOMC声明・CPI・雇用統計がそれぞれ日本時間の何時に発表されるかは、econtime(経済指標カウントダウン)でまとめて確認できます。

08 · THE PATTERN

当サイトの整理

ここまでを整理すると、CPIという一つのイベントの中に、性質の異なる2つの事実が同居している。

一つ目は、平常時の無風だ。2003年以降の大半の月では、CPI発表は米国株にとって他の日と区別のつかない、静かな1日にすぎない。動くとしても寄り付き直後の東京にわずかに現れる程度で、1日を通した反応にまでは広がらない。

二つ目は、インフレ局面が変わると、この前提が崩れることだ。コアCPIが前年比3%を超える局面では、発表当日の反応が平常期の4倍から6倍に跳ね上がる。これは季節調整や曜日といった技術的な交絡では説明できず、コアCPIの実際の水準そのものが効いている。

CPIというイベントが「効くか効かないか」は、CPI自体の中身だけでなく、それが発表される時のマクロ環境——インフレ率そのものの高さ——によって決まる。

09 · WHAT IT MEANS FOR INVESTORS

投資家への含意

2026年のようにコアインフレが2%台まで下がった局面では、CPI発表の当日に身構える必要は統計的には薄いようだ。反応があるとすれば寄り付き直後の東京にわずかに出る程度で、1日を通した値動きに大きな影響を与えるものではない。

一方、直近のコアCPIが3%を超えている局面(2021年から2023年がその典型)では、話はまったく別になる。発表当日の反応は平常期の4倍以上に跳ね上がり、しかもその方向は五分五分に近づく——上にも下にも大きく振れうる。CPI発表を「毎回同じ強度のイベント」として扱うのではなく、直近のインフレ水準を確認したうえで身構える度合いを変える方が、実践的かもしれない。本記事は特定の資産配分・金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。

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SOURCES

一次情報リンク集

⚠ 留意点

FAQ

CPI(消費者物価指数)はいつ発表されるのですか?

米労働省労働統計局(BLS)が、対象月の翌月、おおむね月半ば(10日〜14日)の米東部時間午前8時30分(日本時間は夜)に発表します。雇用統計にあるような「12日を含む週が終わってから3回目の金曜日」という明文化された曜日ルールはBLSのCPIスケジュールページには見当たらず、実際に2003年以降283回の発表を数えても水曜103回・木曜62回・金曜60回・火曜58回と曜日は分散しています。2025年10月分は43日間の政府機関閉鎖の影響で単独発表がありませんでした。

CPI発表で株価は実際に動くのですか?

2003年1月から2026年8月までの283回の発表を実測すると、平常時は米国株(S&P500)の値幅・方向とも発表日と平常日で統計的に区別がつきません(終値-終値の値幅差+0.032ポイント、p=0.561)。日本時間では市場が閉まっているため、最初の反応は翌営業日の東京の寄り付きにわずかに出ます(値幅差+0.072ポイント、p=0.0108・曜日を揃えても有意)が、1日を通した値動きにまでは広がりません(p=0.309)。

インフレ率が高いときは、反応も変わるのですか?

変わります。その回のコアCPI(食品とエネルギーを除く総合指数)の前年比が3%を超える局面に限ると、発表当日のS&P500の寄り付きギャップ値幅は平常期の4.5倍(p<0.0001)。4%超では4.4倍、5%超では5.8倍と、閾値を上げても一貫して強く有意でした。ただし方向(上昇日の比率)はむしろ下がります(61%→57%→50%)——大きく動くことと、上がることは別です。

2026年7月分は、この結果に照らすとどう位置づけられますか?

BLSの一次資料によれば2026年7月分のコアCPIは前年同月比2.5%(6月の2.6%から鈍化)。本稿で見た3つの閾値(3%・4%・5%)のいずれも下回る「平常期」にあたります。市場予想どおりで反応が限定的だったという当日の値動きは、例外ではなく統計的な既定値と整合します。本記事は特定の資産配分・金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。

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本記事はBLS(米労働省労働統計局)・セントルイス連銀(FRED)等が公開する一次資料、およびyfinanceの株価データを基に当サイトが整理・実測した一般的な情報提供を目的としており、特定の政治的立場を主張するものでも、金融商品・資産配分の購入・売却を推奨・勧誘するものでもありません。検証結果は公開時点の資料に基づくものであり、記載内容は作成時点のものです。最終的な投資判断はご自身の責任で行ってください。

出典:BLS、セントルイス連銀(FRED)、yfinance(2026年8月12日時点)。