POLICY COLUMN ・ POLITICAL ECONOMY & MARKET HISTORY

「田中角栄の越後交通で儲けた」は都市伝説か — 非上場の株は、そもそも買えなかった

日本には「政治家に近い会社の株を買うと儲かる」という語り草がいくつかあります。中でもよく引き合いに出されるのが、田中角栄と新潟県長岡市の越後交通です。田中は同社の会長・社長を務め、新潟3区の政治基盤の中核に据えました。日本列島改造論による開発ブームと重ねて、「あの会社の株を持っていれば儲かった」という話が語られることがあります。

一次資料に当たって見えてきたのは、この話の核心部分——「株を買って儲ける」という筋そのものが成立しようがなかったという事実でした。越後交通はEDINETに自己申告する形で「非上場」を明記しており、1960年の発足以来、株式が公開市場で売買された記録は一件もありません。本記事は、EDINET(金融庁)、越後交通の有価証券報告書、衆議院公式資料、学術論文原文などの一次資料をもとに、当サイト編集部が整理したものです。日付・数値は2026年8月8日時点。

先に判定

越後交通と田中角栄 — 何が起きたか

越後交通は新潟県長岡市に本社を置くバス・鉄道会社です。田中角栄との関わりは、彼が国会議員になった後の1950年、前身にあたる長岡鉄道の社長に就任したことに始まります。1960年10月1日、長岡鉄道・中越自動車・栃尾電鉄の3社合併により越後交通が発足し、田中角栄は取締役会長に就任しました(初代社長は東急の総帥・五島慶太の腹心だった田中勇——血縁関係はなく、いわゆる「W田中体制」)。1966年5月、田中角栄は自ら取締役社長にも就いています。

経営基盤が弱かった長岡鉄道のバス事業拡張を1950年から支援したのが、国際興業の創業者・小佐野賢治でした。小佐野は東急の五島慶太とも近く、この人脈が越後交通発足の背景にあります。この会社を足場に、田中角栄は新潟3区で強固な政治基盤を築いていきました——「日本列島改造論」を掲げ、上越新幹線や関越自動車道など新潟への大型公共投資を主導した政治家としての田中角栄の原点は、まさにこの地元企業の経営者としての立場にありました。

非上場という核心 — 一次資料で確認

ここまでの経緯は、「田中角栄が会社を支配した」という話としては事実です。しかし「その会社の株を買って儲けられた」という話としては、越後交通に関する限り成立しません。金融庁が公開するEDINET提出者コードリストで、越後交通(EDINETコードE04112)は「非上場」と明示的に分類されています。

より直接的な証拠は、越後交通自身が提出した有価証券報告書です。第143期(2022年4月〜2023年3月)・第146期(2025年4月〜2026年3月、2026年6月30日提出)のいずれも、表紙【発行済株式】欄に次のように記載されています。

上場金融商品取引所名又は登録認可金融商品取引業協会名:非上場

越後交通株式会社 有価証券報告書(第143期・第146期)表紙より

同じ報告書の「最近5年間の株主総利回りの推移」「最近5年間の事業年度別最高・最低株価」という、通常なら株価データを記載する項目も、両方とも「金融商品取引所に非上場につき、該当事項はありません」と明記されています。有価証券報告書の【沿革】欄にも、1960年の3社合併以降、増資・株式分割・上場・上場廃止に類するイベントの記載は一件もありません。発行済株式総数は1960年の合併時点から一貫して10,150,000株のままです。

越後交通が有価証券報告書を提出しているのは事実ですが、これは上場とは別の話です。今回確認できた株主数は691〜694名(後述)で、現行の1,000名基準を下回っています。提出義務の具体的な法的根拠(過去の株主数基準超過時点からの継続義務かどうか等)は本記事では特定できていません。なお、戦後新潟に存在した新潟証券取引所(1949年設立、2000年に東京証券取引所等へ統合)や、店頭登録市場(現JASDAQの前身)への上場・登録歴も確認を試みましたが、そうした記録は見つかりませんでした——ただし、これは網羅的な悉皆調査による「存在しないことの証明」ではない点は留保します。

結論として、越後交通の株式を一般投資家が公開市場で売買した記録は、制度上一度も存在しません。

株主構成 — 2023年から2026年まで、1株も動いていない

非上場であることに加え、越後交通の株主構成そのものが「田中家が今も支配する私的な会社」であることを裏付けています。第143期(2023年3月31日現在)有価証券報告書の【大株主の状況】は以下の通りです。

株主名所有株式数割合
株式会社浦浜開発1,324千株13.08%
田中直紀1,190千株11.75%
公益財団法人 田中角榮記念館846千株8.35%
田中眞紀子650千株6.42%
小林孝平149千株1.47%
小林佑輔108千株1.06%
ENEOS株式会社100千株0.98%
小林石油株式会社87千株0.86%
大川戸一鉱56千株0.55%
株式会社えちごメディカル50千株0.49%

出典: 越後交通株式会社 第143期有価証券報告書(EDINET、書類ID S100RAE3、2023年6月30日提出)【大株主の状況】。発行済株式総数10,150,000株、株主数694名(2023年3月31日現在)。

田中直紀氏(参議院議員、田中眞紀子氏の配偶者)・田中眞紀子氏(元衆議院議員、田中角栄の長女)・公益財団法人田中角榮記念館という上位3名だけで、合計26.5%を保有しています。1位の株式会社浦浜開発についても、登記住所は越後交通本社・田中角榮記念館と同一の「長岡市千秋2丁目2788番地1」であることが確認できました(EDINET一次データより。同社の株主構成など詳細は今回確認できていません)。

さらに、直近の第146期(2026年3月31日現在、2026年6月30日提出)の有価証券報告書を確認したところ、上位4名の株式数・持株比率は第143期(2023年3月期)と1つも変わっていませんでした。株主数はわずかに694名から691名へ減少し、5位・6位の小林家2名の内訳にも若干の変動がありましたが、両者の合計(257千株・2.53%)は不変です。63〜66年前に固まった株主構成が、直近の3年間でも一切動いていないことになります。

「本当に儲けた」人がいた場所 — 田中金脈問題

田中角栄の周辺が政治力によって資産を築いた事実自体は、実在します。ただしそれは株式ではなく、土地でした。1974年、ジャーナリストの立花隆が『文藝春秋』誌上で「田中角栄研究―その金脈と人脈」を発表し、田中の資産形成の実態を暴きました。この記事がのちに「田中金脈問題」と呼ばれ、同年末の田中内閣総辞職の一因になったとされています。

暴露された案件の一つが、信濃川河川敷(新潟県長岡市)を巡る土地取引です。田中の資産管理会社とされる室町産業株式会社が、1969〜70年にかけてこの河川敷の土地を買収し(定説では約4億円)、その後の建設省による堤防工事を経て時価数百億円に達したとされています。旧地主2名は「土地売買契約は公序良俗に反し無効」として室町産業を提訴し、1975年に新潟地方裁判所長岡支部へ提訴→1988年6月の一審判決(原告敗訴)→1993年3月の東京高等裁判所判決(原告敗訴。ただし判決は室町産業について「河川敷の売買を除いて見るべき事業実績はなく、実質的に田中〔角栄〕によって支配された会社」と認定)→1997年2月の最高裁判所判決で原告敗訴が確定、という経過をたどりました。

ここで重要なのは、これが株式市場での取引ではなく、非公開の土地取引だったという点です。買収したのは田中自身の資産管理会社であり、その後の公共工事(価格上昇の直接の引き金)は建設省という、田中が大臣・実力者として影響力を持ちうる立場にありました。外部の一般投資家が新聞やニュースを見てこの取引に追随できるような仕組みでは、そもそもありません。「政治家の周辺は政治力で儲かる」という直感自体は、越後交通の株ではなく、この種の非公開の土地取引においてこそ実態に近かったことになります。

1972年、日本列島改造論の株式ブーム

1972年、田中角栄が首相就任とともに掲げた「日本列島改造論」は、太平洋ベルト地帯に集中した産業・人口を全国に再配分する構想でした。この構想の発表は、開発候補地に指定された地域を中心に全国的な土地投機・建設関連株ブームを引き起こし、地価は「狂乱的」と評されるほど高騰しました。この地価高騰はやがてインフレを加速させ、1973年の第一次石油ショックと重なって、ブームは急速に崩壊します。

ここで動いたのは、建設・不動産セクター全体の相場であって、「田中角栄個人の会社」ではありません。「列島改造論で得をした」という語りが正しいとすれば、それは特定の1銘柄を狙い撃ちする話ではなく、政策の方向性を先取りしてセクター全体に投資するという、まったく別の話です。

政治的コネクションは日本の株価を動かすか — 学術的な検証

「政治家とのコネクションが株価に織り込まれる」という現象自体は、日本の株式市場史において学術的に実証された例があります。岡崎哲二・沢田充の論文"Measuring the extent and implications of corporate political connections in prewar Japan"(Explorations in Economic History誌 第65巻、2017年、17-35頁、DOI: 10.1016/j.eeh.2017.01.001)は、戦前日本(1928年・1930年の衆議院総選挙前後)の上場企業を対象に、この関係を定量的に検証しています。論文アブストラクトの記述は次の通りです。

"It is found that almost 20% of publicly traded companies had political connections through politician directors. Regressions analyses reveal that smaller or badly performing firms and firms in the electric utilities and railroad industries, where government licenses were important, were more likely to have political connections. Furthermore, we find that the stock returns of firms that had new political connections improved from the pre-election period to the post-election period."

Okazaki, T. and Sawada, M. (2017), Explorations in Economic History, Vol.65, pp.17-35

要点を整理すると、(1)当時の上場企業の約2割が、衆議院議員を役員に置くという形で政治的コネクションを持っていた、(2)電力・鉄道など政府の許認可事業に依存する企業ほど、そうしたコネクションを持ちやすかった、(3)選挙で新たに政治的コネクションを獲得した企業は、選挙前から選挙後にかけて株式リターンが有意に改善した、という3点です。この論文は「電力・鉄道など規制業種ではコネクションによるリターン改善効果が確認されなかった」とは述べていません。規制業種への言及は「どの企業がコネクションを持ちやすいか」という選択の話であり、越後交通の業種(鉄道・バス)はむしろこの論文が「コネクションを持ちやすい」と位置づけたカテゴリーに該当します。

もっとも、この研究をそのまま越後交通の話に当てはめることはできません。理由は2つあります。第一に、この論文が対象とするのは戦前・多党制議会期(1928・1930年)の話であり、田中角栄が力を持った戦後・自民党一党優位の時代を直接検証したものではありません。戦後日本を対象に、政治家と企業の関係を株価やリターンの面で定量的に扱った同種の学術研究は、今回複数のキーワードで探しましたが見つかりませんでした。第二に、そしてより根本的な点として、この論文の分析対象は「上場企業」に限られています。越後交通はそもそも一度も上場していないため、仮にこの論文の枠組みが戦後にも当てはまるとしても、越後交通はその母集団に入りようがありません。

今も生きているアノマリー — 解散総選挙19回の実測

個別の「政治家銘柄」ではなく、市場全体が反応する政治アノマリーは実在します。「衆議院解散は株の買い場」という経験則です。ただし、この経験則については「1970年以降17回連続で上昇」「17回中15回上昇、2024年10月だけが例外」といった、出典によって数字が食い違う言説が出回っています。当サイトでは衆議院公式サイトの解散・総選挙日一覧と、実際の日経平均株価(解散前営業日の終値→投票前営業日の終値)を突き合わせ、1969年以降の全19回(任期満了選挙だった1976年12月を除く)を自前で再計算しました。

解散総選挙19回の日経平均騰落率(解散前営業日→投票前営業日、1969〜2026年) +10% +5% 0% -5% 1969年沖縄解散:+4.24% +4.24 1969 1972年日中解散:+6.78% +6.78 1972 1979年増税解散:+2.46% +2.46 1979 1980年ハプニング解散:+2.71% +2.71 1980 1983年田中判決解散:+2.54% +2.54 1983 1986年死んだふり解散:+5.13% +5.13 1986 1990年消費税解散:+1.85% +1.85 1990 1993年嘘つき解散:+2.66% +2.66 1993 1996年小選挙区解散:+0.30% +0.30 1996 2000年神の国解散:+0.97% +0.97 2000 2003年マニフェスト解散:-1.46% -1.46 2003 2005年郵政解散:+7.75% +7.75 2005 2009年政権選択解散:+9.14% +9.14 2009 2012年近いうち解散:+7.91% +7.91 2012 2014年アベノミクス解散:+0.08% +0.08 2014 2017年国難突破解散:+5.38% +5.38 2017 2021年未来選択解散:+1.20% +1.20 2021 2024年日本創生解散:-3.47% -3.47 2024 2026年1月解散:+0.76% +0.76 2026 解散年(西暦) 上昇(17回) 下落(2回)
図: 解散総選挙19回の日経平均騰落率(解散前営業日終値→投票前営業日終値)。出典: 衆議院公式サイト「衆議院議員総選挙一覧表」、日経平均株価(^N225)。編集部が独自に再計算。

結果は17勝2敗。下落したのは2003年11月の「マニフェスト解散」(▲1.46%)と、2024年10月の「日本創生解散」(▲3.47%)の2回だけでした。出回っている「17回連続で上昇」という言説は、2003年の下落を見落としている点で不正確です。一方「2024年10月だけが例外」という言説も、2003年に既に一度崩れていた事実を欠いています。最も正確な言い方は「1969年以降19回のうち17勝2敗で、崩れたのは2003年と2024年の2回」です。

このアノマリーが実在すること自体は否定できませんが、性質は越後交通の神話とはまったく異なります。これは特定の「政治家の会社」を選ぶ話ではなく、解散という政治イベントに市場全体(日経平均という指数)が反応するという話です。しかも17/19という打率であって、100%ではありません。

なぜ神話は生まれたのか — 当サイトの整理

ここまでの材料を並べると、「政治家銘柄で儲かる」という都市伝説がどこから生まれ、どこで実態と乖離したのかが見えてきます。

1点目、「会社を支配すること」と「株を買えること」の混同です。田中角栄が越後交通を政治基盤にしたのは事実ですが、それは経営者・大株主として会社を「支配」したという話であり、外部の投資家がその会社の「株を買えた」という話とは別物です。越後交通は前者のみが成立し、後者は非上場ゆえに一度も成立していません。

2点目、田中金脈問題(土地)との記憶の混線です。田中の周辺が政治力で大きな資産を築いた事実自体は実在しますが、その舞台は株式市場ではなく非公開の土地取引でした。「政治家の近くにいると儲かる」という直感の"本物"の部分は、こちらに近い場所にあります。

3点目、セクター相場・指数アノマリーとの混同です。日本列島改造論による建設・不動産セクターの相場や、解散総選挙アノマリーは実在する現象ですが、いずれも「特定の政治家の会社」を選ぶ話ではなく、市場全体・セクター全体が反応する話です。「政治と株価は無関係ではない」という直感は正しくても、それを「あの政治家の会社を買えばよい」という個別銘柄選びの結論に短絡させると、越後交通のように非上場企業の場合はそもそも実行不可能になります。

投資家への含意

越後交通は非上場企業であり、個人投資家が直接投資できる対象ではありません。同様の枠組みで語られがちな「政治家銘柄」神話一般についても、少なくとも今回検証した事例の範囲では、公開市場で実行可能な必勝法としては成立しませんでした。米国議会議員の株式取引を検証した別記事「「政治家の株を追えば勝てる」は本当か」と合わせて読むと、日米で「政治家個人を追いかける」というアプローチそのものへの評価は近いものになります。

今回の検証で唯一、公開市場で観測可能な形で残ったのは、解散総選挙アノマリーという指数レベルの経験則です。ただしこれも17勝2敗という打率であり、個別銘柄選びの代わりにはなりません。学術的に実証された「政治的コネクションと株価」の関係(岡崎・沢田 2017年)も、戦前・上場企業限定という条件つきです。「政治家に近い会社を探して買う」というアプローチ自体の再現性は、少なくとも本記事で検証した範囲では低いと言わざるを得ません。本記事は特定銘柄の売買を推奨・勧誘するものではありません。

一次情報リンク集

⚠ 留意点

FAQ

Q. 越後交通は今も存在する会社ですか?「非上場」とはどういう意味ですか?
はい、現存します。越後交通は新潟県長岡市に本社を置くバス・鉄道会社で、有価証券報告書は今も提出していますが、証券取引所には一度も上場していません。「非上場」とは、東京証券取引所のような公開市場でこの会社の株式を売買する仕組みが制度上存在しないという意味です。有価証券報告書の表紙にも「上場金融商品取引所名又は登録認可金融商品取引業協会名:非上場」と明記されており、1960年の発足以来、増資や株式分割といった株式関連のイベントも沿革欄に記載がありません。

Q. 田中角栄と越後交通の関係は結局何だったのですか?
田中角栄は1950年に前身の長岡鉄道の社長に就任し、1960年の3社合併で発足した越後交通の会長、1966年には社長にもなりました。東急コンツェルンの五島慶太、国際興業の小佐野賢治といった実業家が経営再建を支援し、この会社が新潟3区における田中の政治基盤の土台になりました。ただしこれは「会社を支配した」という話であり、「株式市場で株を売買した」という話ではありません。株主構成を見ると、今も浦浜開発・田中直紀氏・田中角榮記念館・田中眞紀子氏という田中家・関連法人が上位を占め、確認できた2023年3月期と2026年3月期の間で持株比率は1株も動いていません。

Q. 「政治家銘柄」で本当に儲けた人はいなかったのですか?
越後交通の株では原理的に不可能でした(非上場のため)。ただし、田中角栄の周辺が政治力で資産を築いた事実自体はあります。1974年に発覚した「田中金脈問題」では、田中の資産管理会社とされる室町産業が1969〜70年に信濃川河川敷の土地を買収し、建設省の公共工事後に価値が大きく上昇したとされています。これは株式ではなく土地の話で、公共事業計画に近い立場でなければ再現できない種類の利益です。一般の投資家が公開市場でニュースを見て追随できる話ではありません。

Q. 投資家はこの話をどう読めばいいですか?
「特定の政治家に近い会社の株を買えば儲かる」という単純な必勝法は、少なくとも越後交通については成立し得ません(非上場のため)。学術的には政治的コネクションが株価に織り込まれた例が戦前の日本市場で確認されていますが、対象は上場企業に限られ、時代も異なります。今も観測できる政治と株価の関係は、個別銘柄ではなく市場全体が反応する「解散総選挙アノマリー」で、1969年以降19回中17勝2敗——ただし2回は外れており、必勝法ではありません。本記事は特定銘柄の売買を推奨・勧誘するものではありません。

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本記事は金融庁EDINET・越後交通株式会社の有価証券報告書・衆議院公式サイト・国立国会図書館サーチ等が公開する一次資料、および学術論文(Okazaki & Sawada, 2017)を基に当サイトが整理した一般的な情報提供を目的としており、特定の政治的立場を主張するものでも、金融商品の購入・売却を推奨・勧誘するものでもありません。記載内容は作成時点のものです。最終的な判断はご自身の責任で行ってください。

出典:金融庁EDINET、越後交通株式会社、衆議院、Explorations in Economic History誌ほか(2026年8月8日時点)。