JAPAN STOCKS COLUMN ・ MATCHA SUPPLY CHAIN

抹茶ブームを支えているのは誰か — 伊藤園を追ったら、伊藤園自身に行き着いた

抹茶を茶葉のまま売る会社と、それを粉末やエキスに加工して飲料・菓子メーカーへ卸す会社は別だ。愛知県小牧市の佐藤食品工業株式会社(東証スタンダード)は後者にあたり、西尾産の抹茶をスプレードライ加工した抹茶パウダーや茶エキスを、飲料・製菓・加工食品向けに製造している実在企業だ。世界的な抹茶ブームで消費者の目に映るのは伊藤園のような大手ブランドだが、実際に原料を扱っているのはこうした川中の会社ではないか——という見立てを、決算短信・サステナビリティ開示・業界紙で検証した。

結論から言うと、佐藤食品工業と伊藤園を結ぶ具体的な接点は見つからなかった。その代わりに出てきたのは、伊藤園自身が消費者向けブランドと無名のBtoB原料卸を兼ねているという実態、抹茶ブームが伊藤園の決算を単純に押し上げてはいないという事実、そして本当の"裏方"が1社ではなく、20年で5分の1以下に減った茶農家という土台そのものだったという構造だ。

佐藤食品工業を検証する — 実在するが、接点は見つからない

佐藤食品工業株式会社は1950年創業、愛知県小牧市に本社を置く東証スタンダード上場企業(証券コード2814)。事業内容は茶エキス・植物エキス・天然調味料・粉末酒の製造で、愛知県西尾産の抹茶を使ったスプレードライ加工の抹茶パウダーや、宇治抹茶を使った緑茶エキスパウダーを飲料・製菓・加工食品向けに製造している。「茶を粉末やエキスにして、飲料や菓子に組み込める素材に変える」という業態そのものは事実と一致する。

ただし、複数の角度で調べた限り、佐藤食品工業と伊藤園の取引関係を示す情報は、会社概要・製品ページ・業界データベース・報道のいずれからも見つからなかった。西尾産の抹茶を仕入れて二次加工する会社ではあるが、それが「伊藤園の抹茶ブームを裏で支えている」という話に直結する根拠はない。裏取りできない固有の取引関係を前提にするのは危うい。

もう一つ注意が要る。「佐藤食品」と聞くと、新潟の「サトウの切り餅」で知られる佐藤食品株式会社(チルド食品・もち製造、新潟県)を思い浮かべる人も多いはずだが、これは社名が近いだけの全くの別会社だ。愛知県小牧市の佐藤食品工業とは資本関係も事業内容も無関係で、この種の社名の近さが混同の温床になりやすい。

実在する取引先 — 月ヶ瀬みのり園という会社

伊藤園自身のサステナビリティ開示をたどると、実在する原料調達の関係が出てくる。1986年から取引を続ける奈良県月ヶ瀬地区の有限会社月ヶ瀬みのり園で、2014年に京都府に抹茶原料加工工場を建設し、抹茶の原料となる碾茶(てんちゃ)の栽培に注力している。記事にするなら、こちらの方がよほど「伊藤園の背後にいる会社」として実証できる。

この個別の取引先は、伊藤園が1976年から続ける契約栽培事業の一部でもある。契約栽培の面積は2023年時点で2,512ヘクタール、2030年に2,800ヘクタールを目標とし、契約農家が収穫した茶葉を伊藤園が全量買い取る仕組みが軸になっている。静岡県吉田町・牧之原市・御前崎市の事例では、2015年に5ヘクタールで始まった産地が11年で300ヘクタールへと60倍に拡大しており、耕作放棄地を使った新産地開発も並行して進めている。

伊藤園自身が"裏方"だった — 原料卸というもう一つの顔

調べる過程で、構図をひっくり返す事実が出てきた。伊藤園は消費者向けブランドであると同時に、広域法人営業本部特販部という部署が食品メーカーや外食チェーン向けに抹茶を中心とした加工原料をBtoBで卸す「原料卸」業も行っている。食品新聞の報道は「消費者の目に映るのは取引先の商品やブランドで、伊藤園の社名は基本的に露出しない」と明記しており、抹茶が現在の重点品目だという。

具体例もある。2025年4月、JR東日本クロスステーションと組んだ「MATCH-UP MATCHA」キャンペーンでは、エキュートエディション6施設(新橋・御茶ノ水・有楽町・横浜・渋谷・飯田橋)、マーチエキュート神田万世橋、リエール藤沢など9施設22店舗が宇治抹茶メニューを展開した。JR東日本の店で抹茶ラテを飲んでいる消費者のほとんどは、原料が伊藤園だとは知らないはずだ。

この原料卸の枠組み自体は真新しいものではない。2024年4月の機構改革で「特販営業本部」が「広域法人営業本部」に統合されてできた組織で、そこに乗る重点品目として抹茶が今の位置を占めている——という関係に近い。一方、2025年7月には社内に抹茶事業部が新設された。企画開発から原料調達、販売までをサプライチェーン全体で連携させる体制で、本庄大介社長は「供給量を増やせばもっと売れる」と述べている。背景には、2024年の日本全体の抹茶関連商品輸出額が364億円とここ数年で倍増したという市場拡大がある。原料の確保(調達)と、確保した原料の卸売(特販部)という、性格の異なる2つの専門チームを伊藤園は同時に抱えている格好だ。

抹茶ブームは伊藤園を儲けさせているか — 決算を読む

2026年4月期の決算短信(一次資料)で確認すると、連結売上高は4,978億77百万円(前期比+5.3%)、営業利益216億84百万円(▲5.6%)、経常利益232億67百万円(+1.3%)、親会社株主に帰属する当期純利益は34億66百万円で前期比75.5%減という大幅減益だった。見出しの数字だけを見ると「抹茶ブームなのに稼げていない」と映る。

セグメント売上高増減営業利益増減
リーフ・ドリンク関連事業4,434億43百万円+5.5%175億円▲8.0%
飲食関連事業(タリーズ等)464億95百万円+6.2%35億55百万円+1.1%
その他79億38百万円▲7.9%6億59百万円▲13.9%

2026年4月期決算短信(2026年6月1日開示)より。抹茶を含む日本茶はリーフ・ドリンク関連事業に計上。

抹茶が実際に乗っているリーフ・ドリンク関連事業は増収減益——国内はほぼ横ばいだが海外(米国・東南アジア中心)で抹茶を含む日本茶の需要が拡大し売上を押し上げた一方、決算短信は「原材料費をはじめとする各種コストの上昇が想定を上回ったことから、営業減益となりました」と明記している。ブームは伊藤園の国内マージンを確かに削っているが、海外展開の追い風にもなっている——単純な勝ち負けでは割り切れない。

では75.5%減益の主因は何か。決算短信の注記を見ると、当期の減損損失合計は148億82百万円で、内訳は自社自販機(渋谷区等)120.65億円、自販機子会社ネオス(台東区)18.07億円——自販機だけで138.72億円(≈139億円)に達し、残りはタリーズ店舗9億円、伊藤園フードサービス物販店舗1.1億円。減損理由として「原材料費・物流費・人件費などのコスト上昇が続く一方で販売数量が低下しており、経営環境が著しく悪化している」と明記されており、これは自動販売機というチャネル特有の構造不況であって、抹茶とは別の話だ。75.5%減益という見出しの数字を作っているのは、抹茶ブームではなく自販機事業だったことになる。

2027年4月期の会社予想は売上高5,000億円(+0.4%)、営業利益200億円(さらに▲7.8%)、純利益114億円(+229.7%)。純利益が急回復するのは今期の減損が翌期に繰り返されない会計上の反動にすぎず、営業利益はなお減益を見込んでいる——原料コストの重荷は来期も終わらない前提だと会社自身が見ていることになる。

本当の"裏方" — 消えていく茶農家

業界紙の分析をたどると、話の芯がもう一段深くなる。日本の茶農家戸数は2000年の53,687戸から2010年に約26,000戸、2020年以降は1万戸以下まで減少した。20年で最盛期の5分の1以下という急減ぶりだ。

需給の歪みは価格にも表れている。2025年秋冬には、本来は安価な番茶の平均価格が、本来は高級な一番茶を上回るという逆転現象が起きた。2026年には鹿児島茶市場の新茶平均単価が前年比約1.7倍、2年前比約2.5倍まで上昇している。伊藤園が「お~いお茶」に「純国産茶葉100%」という表示を新たに導入したのも、価格高騰の中で他社の外国産混入品と差別化する狙いとみられる。

つまり「伊藤園の抹茶を裏で支えているのは誰か」という問いへの答えは、特定の1社ではなく、急減している茶農家の絶対数そのものだった可能性が高い。原料卸も抹茶事業部も、細っていく供給源を奪い合うための体制整備という側面が強い。

グローバルに見ると — 量の中国、ブランドの日本

視点を世界に広げると、供給構造そのものが二層化しつつある。中国国営メディア(人民日報)の報道によれば、中国の2025年の抹茶生産量は1万2,000トン超で世界生産の約7割に達し、世界最大の抹茶生産国になったという。一方、日本の2024年のてん茶(抹茶原料)生産量はわずか5,336トンで、中国の大規模工場1つで日本全体に匹敵する量を生産しうるとされる。

ただし高級・儀式用途の市場では、依然として日本産が世界の約6割を占める。2024年の輸出単価は日本が1kgあたり36ドルなのに対し中国は8ドルと、4.5倍の開きがある。「量・価格・供給安定性は中国、ブランド・文化・高付加価値は日本」という構造が生まれつつある形だ。

プレイヤー拠点創業位置づけ
あいや愛知県西尾市1888年世界最大級の高級抹茶メーカー。2005年から中国・浙江省でも自社茶園(約33万㎡)を保有
丸久小山園京都府宇治市1704年ホテル・寺院・茶道教室向けに供給する老舗
一保堂茶舗京都府京都市1717年宇治茶の老舗、海外進出も展開
伊藤園東京都渋谷区1966年消費者向けブランドと業務用原料卸を兼ねる(本記事参照)

創業年・拠点は各社公表情報・報道ベース。あいやは中国国内でも茶園を保有しており、「日本産か中国産か」という二分法自体が企業レベルでは既に曖昧になっている。

皮肉なのは、「日本産」と称する輸出抹茶も、原料てん茶の一部を中国産に依存し始めている点だ。純日本産の境界自体が揺らぎつつある。なお、スターバックス ジャパンの「石臼挽き抹茶」を使った抹茶専門店舗(2026年、銀座)についても仕入れ先を調べたが、供給元企業名の開示は見当たらなかった。裏を返せば、決算短信・IR開示・組織再編まで一次資料で追える伊藤園の透明性は、業界内ではむしろ例外的だと言える。

⚠ 留意点

FAQ

Q. 佐藤食品工業は伊藤園の抹茶を支えているのですか?
愛知県小牧市の佐藤食品工業株式会社(東証スタンダード)は実在し、西尾産抹茶を使ったスプレードライ加工の抹茶パウダーや茶エキスを飲料・製菓メーカー向けに製造しています。事業内容としては符合しますが、伊藤園との具体的な取引関係を示す情報は会社概要・製品ページ・業界データベース・報道のいずれにも見当たりませんでした。なお、新潟の「サトウの切り餅」で知られる佐藤食品株式会社は同名の別会社(もち製造)で、無関係です。

Q. 抹茶ブームで伊藤園は儲かっているのですか?
単純ではありません。2026年4月期は連結純利益が前期比75.5%減となりましたが、主因は自動販売機事業の減損損失(約139億円)で、抹茶とは別の話です。抹茶を含むリーフ・ドリンク関連事業は増収(+5.5%)ながら原材料費の想定超過でセグメント利益は8.0%減、海外ではお〜いお茶・抹茶製品の販売が伸びています。ブームは伊藤園の国内マージンを静かに圧迫しつつ、海外事業の追い風にもなっているというのが実際の姿です。

Q. 世界の抹茶は結局どこが担っているのですか?
量では中国が2025年に世界の約7割(1万2,000トン超)を占めるとされる一方、日本の2024年てん茶生産量は5,336トンにとどまります。ただし高級・儀式用途の市場では日本産が依然として約6割を占め、2024年の輸出単価は日本が1kgあたり36ドル、中国が8ドルと4.5倍の開きがあります。「量と価格は中国、ブランドと高付加価値は日本」という二層構造が生まれつつあります。

スポンサーリンク

あわせて読みたい

PR

米国株5,000銘柄以上に対応、松井証券なら24時まで取引可能

松井証券 口座開設はこちら →

本記事は伊藤園の決算短信・サステナビリティ開示、佐藤食品工業の公開情報、日本経済新聞・食品新聞・日本食糧新聞等の報道を基に当サイトが整理した一般的な情報提供を目的としており、特定の金融商品の購入・売却を推奨・勧誘するものではありません。記載内容は作成時点のものであり、今後変更される場合があります。投資に関する最終判断はご自身の責任で行ってください。

出典:株式会社伊藤園2026年4月期決算短信(2026年6月1日)・伊藤園サステナビリティサイト(茶産地育成事業)、佐藤食品工業株式会社公開情報、日本経済新聞、食品新聞、日本食糧新聞、読売新聞(2026年8月時点)。