BANK STOCKS COLUMN

大口預金争奪戦の現在地 — 銀行はなぜ富裕層の預金を奪い合うのか

日銀の政策金利は2026年6月16日に0.75%から1.0%へ上がりました。「金利のある世界」で融資を伸ばすための原資として、銀行は預金集めの優先度を上げています。ただし一律の利上げは利ざや縮小に直結するため、標的は絞られました——不動産の売却・相続・退職金という、一度にまとまった額が動く個人です。みずほ銀行・三井住友銀行・三菱UFJ銀行・三井住友信託銀行・岩手銀行が、この半年で相次いで大口向けの優遇金利を打ち出しています。

本記事はこの5行の施策を各行の公式資料で当たり直し、日銀統計で「大口と小口の金利差」を実測して、2026年8月5日時点で編集部が構成しています。結果は一様ではありませんでした。公式PDFで金利・条件まで確認できた行がある一方、報道されている条件のままでは確認できなかった行もありました。

何が起きているか — 日銀の利上げと、広がる大口・小口の金利差

日銀の政策金利はこの2年半で段階的に上がってきました。2024年3月にマイナス金利を解除し、2024年7月・2025年1月・2025年12月と引き上げを重ね、2026年6月16日の会合で0.75%から1.0%へ(賛成7反対1)。直後の7月30〜31日会合では1.0%で据え置き(賛成8反対1、1名は1.25%への引き上げを主張)となり、次回会合は2026年9月17〜18日です。

この間、預金金利は一律には上がっていません。日銀統計(新規受入定期預金、預入期間6カ月以上1年未満)によると、2026年5月時点で1000万円以上の大口が年0.890%、300万円未満の小口が年0.496%。差は0.394ポイントで、次のように拡大傾向にあります。

時点大口・小口の金利差倍率
2023年1月0.103pt3.9倍
2024年1月0.098pt3.1倍
2025年1月0.190pt1.9倍
2026年1月0.205pt1.5倍
2026年5月0.394pt1.8倍
大口と小口の預金金利(新規受入・6か月以上1年未満) 大口(1000万円以上) 小口(300万円未満) 0.00 0.25 0.50 0.75 1.00 年% 2023年1月 大口:年0.140% 2024年1月 大口:年0.145% 2025年1月 大口:年0.400% 2026年1月 大口:年0.615% 2026年5月 大口:年0.890% 2023年1月 小口:年0.037% 2024年1月 小口:年0.047% 2025年1月 小口:年0.210% 2026年1月 小口:年0.410% 2026年5月 小口:年0.496% 0.890% 0.496% 差 0.205pt 2023年1月 2024年1月 2025年1月 2026年1月 2026年5月 出典:日本銀行「定期預金の預入期間別平均金利」(新規受入・6か月以上1年未満)
大口だけが先に上がった。表の「差」はこの2本の間隔にあたる。

絶対差は縮んでいません。倍率だけ見ると2023〜24年(3〜4倍)から一度縮小していますが、これは小口金利そのものが低い分だけ倍率が動きやすいためで、直近数カ月は絶対差・倍率とも再拡大しています。

この差を裏付けるように、超大口の個人マネーも銀行に集まっています。日銀「預金者別預金」統計(個人・定期性預金・10億円以上)によれば、残高は2026年3月時点で約1.29兆円(前年同期比+64.5%)。2024年9月以降の急伸が目立ちます。

時点個人・10億円以上の定期性預金残高
2015年3月4,028億円
2020年3月4,381億円
2023年3月4,312億円
2024年3月3,645億円
2024年9月4,983億円
2025年3月7,827億円
2025年9月11,129億円
2026年3月12,876億円
個人・10億円以上の定期性預金の残高 0 5,000 10,000 億円 2015/3:4,028億円 2015/3 2020/3:4,381億円 2020/3 2023/3:4,312億円 2023/3 2024/3:3,645億円 2024/3 2024/9:4,983億円 2024/9 2025/3:7,827億円 7,827 2025/3 2025/9:11,129億円 11,129 2025/9 2026/3:12,876億円 12,876 2026/3 この頃から急伸 出典:日本銀行「預金者別預金」(個人・定期性預金・預入金額10億円以上)
2015年から2024年3月までは4,000億円前後で横ばい。跳ねたのは日銀の利上げが続いた2024年秋以降。

この資金の出どころの一つが不動産です。東日本不動産流通機構(東日本レインズ)によると、2025年度(2025年4月〜2026年3月)の首都圏中古マンション成約件数は49,314件(前年度比+24.1%)と3年連続で増え、過去最高を更新しました。成約㎡単価(84.63万円、+8.4%)・成約価格(5,322万円、+7.8%)も13年連続の上昇です。売却益を得る個人が増えれば、その資金の置き所として大口預金が選ばれやすくなります(暦年ベースでは別に49,114件・前年比+31.9%という近い数字も公表されており、年度と暦年の混同に注意が必要です)。

5行の優遇策を一次資料で確認する

日経新聞は2026年8月4日付の記事で、5行が大口・富裕層向けの優遇金利を相次いで打ち出したと報じました。編集部で各行の公式資料に当たり直したところ、確認の精度には差がありました

銀行商品・施策金利適用期間一次資料での確認
三井住友銀行資産づくりセット(3ヶ月物特別金利)3.5%
条件達成で最大4.7%
2026-04-13改定〜◎ 公式PDFで確認
三井住友信託銀行不動産売買資金特別プラン2.20%2026-04-01〜09-30◎ 公式サイトで確認
岩手銀行〈いわぎん〉相続定期預金+0.20〜0.30%2025-09-01〜◎ 公式PDFで確認
みずほ銀行不動産売買資金向け1年物(報道)1.5%見込み2026年8月上旬〜予定△ 公式発表は未確認
みずほ銀行75歳以上・資産集約優遇(報道)+1.5%見込み未詳✗ 裏付け取れず
三菱UFJ銀行他行預け替え優遇(報道)+3%見込み2026年2月〜(報道)✗ 記載通りには確認できず

三井住友銀行(8316)— 上限つき・適用範囲は3年に拡大

公式改定告知(2026年4月13日付PDF)で確認できました。「資産づくりセット」の新規資金・退職金・相続資金を原資とする円定期預金(3ヶ月もの)の初回特別金利を、年3.0%から3.5%へ引き上げ。条件達成でさらに上乗せされ、当行で運用商品を初めて購入で4.2%、Oliveアカウント契約で4.0%、両方満たすと4.7%になります。同時に適用条件も緩和されており、退職金・相続資金の対象範囲が「受取から1年以内」から「受取から3年以内」に拡大しました。ただし預け入れには上限があり、対象運用商品の申込金額の3倍までです。

三井住友信託銀行(8309)— 不動産売却者限定、要アプリ登録

公式ページで確認できました。「トータルソリューションパック 不動産売買資金特別プラン」(適用期間2026年4月1日〜9月30日)の定期預金コースは、スーパー定期3ヶ月で年2.20%(税引後1.753%)。対象は2024年4月1日以降に不動産会社を通じて不動産を売買した個人とその家族で、「スマートライフデザイナー」アプリのダウンロード・登録とライフプランコンサルティングの受講が条件です。同じプラン内には投資信託等と組み合わせた場合の上乗せコース(最大12.00%)も併設されていますが、これは定期預金単体の金利ではありません。

岩手銀行(8345)— 「新設」ではなく2025年秋から

公式ニュースリリースPDFで確認できました。商品名は「〈いわぎん〉相続定期預金」で、取扱開始は2025年9月1日——2026年に新しく始まった商品ではありません。金利は6ヶ月ものが店頭表示金利+0.30%、1年もの(自動継続扱いのみ)が+0.20%。最低預入額100万円で、相続により取得した預貯金・有価証券の換金代金・不動産の売却代金・受取保険金等が対象です。他の金融機関で相続手続きをした資金も対象になりますが、最後の入金日から1年以内に限られ、1回の相続につき1人1回のみ利用できます。

みずほ銀行(8411)— 数字は筋が通るが、公式未確認

報道によれば、みずほ銀行は8月上旬にも、不動産を売買して1年以内の個人向けに1年物定期預金の金利を年1.5%に引き上げる予定です。これは同行が2026年7月30日に発表・8月3日に実施した一般向け1年物金利0.5%(時事通信で確認)のちょうど3倍にあたり、水準としては整合します。ただし2026年8月5日時点では、正式な商品名・開始日・適用条件を同行の公式発表として確認できていません。報道が「8月上旬にも」と書いている通り、取扱開始前の段階とみられます。75歳以上の高齢者が資産をまとめて売却して資金を集約する場合の+1.5%優遇についても、同様に公式発表を確認できていません。いずれも利用を検討する際は同行の公式ページで最新の条件を確認してください。

三菱UFJ銀行(8306)— 報道の条件は確認できなかった

日経の報道は、三菱UFJ銀行が2月に、相続資金・退職金を他行から預け替える場合に富裕層向け定期預金金利を3%上乗せする優遇策を始めた、としています。しかし確認できた同行の2026年2月2日改定(1月30日発表の公式PDF)は、全預金者対象の一般的な金利改定(1ヶ月〜10年物、0.375%〜0.9%)であり、相続資金・退職金・他行預け替えを対象とした特別プランではありませんでした。近い数字の商品としては、別法人である三菱UFJ信託銀行の「ご退職者特別プラン」(3.0%、2025年11月4日〜2026年10月30日)が見つかりましたが、銀行本体ではなく信託子会社であり時期も一致しません。三菱UFJ銀行本体の「退職金円定期金利優遇プラン」(エクセレント倶楽部会員限定、2.2%、2026年4月1日〜9月30日)はむしろ「他行で受け取った退職金の預け替えは対象資金に該当しない」と明記しており、報道の趣旨とは逆方向です。銀行と信託銀行の取り違え、または時期の誤認の可能性があります。

地銀・信託チャネルにも波及している

大口・富裕層向けの優遇金利は、報道された5行だけではありません。三菱UFJ信託銀行は「エクセレント倶楽部」の春の特別金利キャンペーン(〜2026年5月29日)で、新規資金500万〜1億円・世帯合計残高1000万円以上の会員向けに最大年1.5%を提示しました。地銀では横浜銀行(横浜フィナンシャルグループ、7186)が「特別金利定期預金キャンペーン」(2026年8月3日〜9月30日)を実施しており、窓口プランは300万〜2,000万円で年1.3%です。千葉銀行・京都銀行・第四北越銀行なども2026年に定期預金金利の引き上げを行っていますが、いずれも一般的な金利競争にとどまり、「不動産売却・相続・退職金原資の超大口個人」に明示的に照準を絞った施策は見当たりませんでした。メガバンク・信託銀行チャネルほど大口・富裕層に絞った施策を打ち、地銀は一般的な金利競争にとどまる——という構図です(上場銀行を全数走査したものではないため、他に同種の施策が存在する可能性は残ります)。

⚠ 留意点

一次情報

FAQ

Q. なぜ今、銀行は大口預金の獲得を急いでいるのですか?
日銀が2026年6月16日に政策金利を0.75%から1.0%に引き上げ、「金利のある世界」で融資を伸ばすための原資として預金集めの優先度が上がったためです。ただし一律の利上げは利ざや縮小につながるため、銀行は不動産売却・相続・退職金という一度にまとまった資金が動く個人に絞って優遇金利を出す形を選んでいます。

Q. 大口と小口では、預金金利はどれくらい違うのですか?
日銀統計(新規受入定期預金、預入期間6カ月以上1年未満)によると、2026年5月時点で1000万円以上の大口が年0.890%、300万円未満の小口が年0.496%で、差は0.394ポイントです。この差は2023年1月の0.103ポイントから拡大傾向にあります。

Q. 5行の優遇策はすべて一次資料で確認できましたか?
いいえ。三井住友銀行・三井住友信託銀行・岩手銀行の3行は公式PDFや公式ページで金利・条件まで確認できましたが、みずほ銀行の2施策は公式発表を確認できず報道ベースにとどまり(取扱開始前の可能性があります)、三菱UFJ銀行は「2月に他行預け替えで+3%」という条件そのものが、確認できた公式改定(2026年2月・全預金者対象の一般改定)とは一致しませんでした。

Q. この優遇金利は誰でも使えますか?
いいえ。多くが不動産売買契約書・相続関係書類・退職金の受給証明など資金の出どころを示す書類を条件とし、預入額や適用期間にも上限・期限があります。三井住友信託銀行のプランは専用アプリ登録とライフプランコンサルティング受講が必要です。詳細は各行の公式ページで確認してください。

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本記事は日本銀行・東日本不動産流通機構・各行IR等の公開情報および報道を基に当サイトが整理した一般的な情報提供を目的としており、特定の金融商品の利用を推奨・勧誘するものではありません。記載内容は作成時点のものであり、今後変更される場合があります。金利・適用条件は必ず各行の最新の公式情報でご確認ください。金融商品の選択はご自身の責任で行ってください。

出典:日本銀行「預金者別預金」「定期預金の預入期間別平均金利」統計、日本銀行金融政策決定会合公表文、東日本不動産流通機構、三井住友銀行・三井住友信託銀行・岩手銀行の公式資料、日本経済新聞・時事通信の報道(2026年8月5日時点)。