INVESTMENT STRATEGY ・ 投資の考え方 第29号

株主優待の新設で上がった分は、3か月たっても消えなかった。一方「廃止」の3割は、優待をやめる話ではなく上場をやめる話だった

株主優待の廃止は、個人投資家にとって最も嫌われる開示のひとつです。「優待廃止で暴落」という言い回しが定着していて、発表の翌日に大きく売られる銘柄も実際に報じられます。この像が正しいかどうかを、東証の適時開示(TDnet)を2010年1月から2026年7月まで全走査して測りました。

「優待」を含む開示は8,149件ありました。ここから廃止・休止・導入・拡充・変更・再開をタイトルと同日開示で機械的に振り分け、市場モデルでβを調整できた2,656件を実測しています。比較対象として、同じ銘柄の「優待の開示が無い日」を偽イベントにしたプラセボ7,377件も同じ手続きで測りました。事例は一件も手で選んでいません(2026年8月1日時点・当サイト実測、編集部構成)。

判定
誇張気味

市場が確実に反応しているのは、廃止より新設のほうだった。優待の新設1,399件の異常収益は公表翌営業日+3.00%、20営業日+4.05%、60営業日でも+3.45%で、3か月後も消えません。廃止319件は翌営業日▲2.78%で、こちらも下げは本物です。ただし「暴落」ではなく、続きもしない——優待の廃止だけを単独で発表した群は、20営業日の▲3.17%までは確実に言えるものの、60営業日は信頼区間が0を跨いで確定できません。3か月にわたって下げ続けたのは、決算や業績修正を同じ日に出した群(▲9.09%)でした。加えて、「廃止」と報じられる開示の31.9%は同じ日にTOB・MBOが出ています。

母集団
8,149件 → 2,656件
TDnet全走査+プラセボ7,377件
新設・60営業日
+3.45%
β調整後・CI +2.23〜+4.67%・n=1,343
廃止単独・60営業日
▲3.34%
CI ▲12.74〜+2.90%=区間が0を含む
「廃止」のうち買収絡み
31.9%
615件中196件。公開買付150・MBO17ほか
01 · THE MYTH

「優待廃止で暴落」という像と、研究が止まっている場所

株主優待は日本市場に固有の制度です。会社が株主に自社製品やクオカードを配るもので、実施企業は一時1,500社を超えました。配当と違って現金ではなく、保有株数に比例もしないため、100株だけ持つ個人ほど利回りが高くなります。この非対称が個人投資家に人気の理由であり、同時に機関投資家から「株主平等原則に反する」と批判される理由でもあります。

そのため優待の廃止は、単なる制度変更ではなく「個人株主を切り捨てた」という文脈で受け取られます。実際に大型株の廃止は大きく報じられました。日本たばこ産業(JT)は2022年2月14日に、オリックスは2022年5月11日に、それぞれ廃止を開示しています。両社の文言はほぼ同じで、オリックスは「株主の皆さまへのより公平な利益還元のあり方という観点から慎重に検討を重ねました結果、株主優待制度については廃止し、今後は配当等による利益還元に集約することといたしました」と書いています。

この現象は学術的にも測られています。到達点を先に整理しておきます。

研究対象期間主な結果
野瀬義明・宮川壽夫・伊藤彰敏(2017)
証券アナリストジャーナル 55(10)
2005年3月
〜2016年3月
優待廃止469社。公表翌営業日の異常収益は平均▲1.45%(中央値▲1.12%)。下げ幅は個人ベースの優待利回りに比例し、同時の増配率は有意でない=配当で代替すれば済むという仮説を棄却
瀬戸佑基・森駿介(2023)
大和総研レポート
2017年10月
〜2022年9月
上場廃止・経営不振理由を除いた廃止のみ52社で、公表翌日の累積異常収益は約▲5%pt、10営業日後で約▲6%pt。増配を同時に発表した46社は下げが小さい。当日ではなく翌日に動くのは、多くが15時以降に公表するためと指摘
松浦義昭(2023)
証券経済研究 第123号
2010年4月
〜2021年3月
廃止77社とマッチング企業77社の比較。廃止企業は個人持株比率・個人株主数がいずれも有意に低下。自社製品以外の優待の廃止のほうが個人株主の減少が大きい
Karpoff, Schonlau, Suzuki(2021)
Review of Financial Studies 34(12)
2001年
〜2011年
優待の導入で株価上昇・個人株主増・流動性向上・株式資本コスト低下。廃止はその正反対
Gao & Nose(2024)
PLOS ONE 19(4)
2010年4月
〜2021年3月
長期保有優待の変更203社。株主に有利な変更128件で公表2日間の累積異常収益は平均+1.26%(中央値+0.84%、いずれも1%有意)

通説は学術的にも支持されている、というのが結論です。ただし表を縦に見ると、ひとつ共通点があります。どの研究も2022年9月より前で終わっています。

それは問題です。優待をめぐる環境は、ちょうどそこから反転しているからです。廃止が相次いだのは2020年から2022年で、2023年以降は新設のほうが多くなりました。野村インベスター・リレーションズの集計では、優待の実施銘柄数は2025年3月末に1,580銘柄と過去最多を更新しています。研究が測ったのは「廃止の時代」であり、いま起きている「新設の時代」は誰も測っていません。

そこでこの記事では、期間を2010年から2026年7月まで広げ、廃止だけでなく導入・拡充・休止も同じ手続きで測ります。なお本記事は過去データの集計であり、特定の銘柄・制度・時期の売買を推奨するものではありません。

02 · THE FULL COUNT

母集団の作り方——16年半の適時開示を全部数える

この種の検証で結論を決めるのは計算式ではなく「どの事例を数えたか」です。話題になった廃止を並べれば「話題になるほど下げた」標本になり、効果が過大に出ます。当サイトは以前、サイバー攻撃を公表した企業の株価を調べた際に、有名事案を手で選んだ場合と制度から全数取得した場合で結論が2つ消えるのを実測しています。

幸い、この題材には都合のよい性質があります。優待の変更は適時開示のタイトルが定型で、「株主優待制度の廃止に関するお知らせ」のようにほぼ同じ文言で出てきます。そこで東証の適時開示を2010年1月1日から2026年7月31日まで3日ずつの窓で全走査し、タイトルに「優待」を含む開示をすべて拾いました。

段階件数内容
タイトルに「優待」を含む開示8,149件2010年1月1日〜2026年7月31日。適時開示アーカイブの下限が2010年1月
− 訂正・お詫び等の再送115件同一イベントの重複なので除外
− 方向が定まらないもの1,786件「優待品の発送について」「贈呈のご案内」など
分類できた開示6,248件変更2,592/導入1,915/拡充1,004/廃止615/休止72/再開50
株価を測る対象3,606件廃止・休止・導入・拡充。「変更」は改善か改悪か定まらないので測らない
市場モデルを通せた2,656件73.7%。上場廃止で株価が無い、または推定に必要な過去1年の値動きが無いものが落ちる

※分類はタイトルの正規表現と同日開示の突合によるもので、判定規則は全件を機械適用している。優先順位は「買収等 > 廃止 > 休止 > 再開 > 導入 > 拡充 > 変更」。

同時に何を発表したかを、必ず一緒に取る

ここが今回いちばん手間をかけた部分です。優待の廃止は、単独で発表されるとは限りません。決算と同時、減配と同時、増配と同時、あるいは買収の発表と同時に出ます。同時に出た別のニュースの影響を、優待の効果として数えてしまうと結論が壊れます。結論を先に言えば、この切り分けが今回いちばん効きました。

そして厄介なことに、同時開示はタイトルには書かれません。「株主優待制度の廃止に関するお知らせ」という単独タイトルの裏で、同じ日に別文書として決算短信やTOBの賛同意見表明が出ていることがあります。そこで走査の時点で「優待の開示と同じ日・同じ会社が出した他の開示」をすべて保存し(9,339件)、分類はそれと突き合わせて行いました。

もうひとつ、開示の時刻も記録しています。優待の廃止615件のうち554件(90%)は大引け後の開示でした。大引け後に出たニュースを当日の株価で測ると何も起きていないように見えるため、最初に織り込める日を翌営業日にずらして測る必要があります(東証の取引終了は2024年11月5日から15時30分に変わっているので、その前後で境界を分けています)。大和総研が「当日にほぼ動かないのは15時以降の公表が多いため」と指摘しているのは、まさにこの点です。

03 · THE HIDDEN THIRD

「優待廃止」の3割は、買収の知らせだった

分類の結果、最初に出てきたのは株価以前の事実でした。優待廃止の開示615件のうち196件(31.9%)は、同じ日に同じ会社がTOB・MBO・完全子会社化などを開示していました。

同じ日に何を発表していたか件数比率内容
買収・非公開化(公開買付け・MBO等)196件31.9%公開買付150/MBO17/完全子会社化14/合併6/株式併合3/上場廃止2/株式交換2/経営統合2
優待廃止だけを単独で発表112件18.2%同日に他の開示なし、または無関係な開示のみ
決算・業績予想の修正と同時107件17.4%決算短信または業績予想の修正が同日
配当予想の修正と同時(方向は不明)105件17.1%増配・減配の語がタイトルに無いもの
増配・記念配当と同時77件12.5%優待をやめて配当に一本化する型
減配・無配と同時14件2.3%いわゆる「業績悪化で優待も配当も」
株主還元方針の変更と同時4件0.7%

※当サイト実測。196件はすべて同日開示に根拠となる文書が実在することを確認済み(根拠なしに分類されたものは0件)。

買収に伴う優待廃止は、株主にとって悪い知らせではありません。買付価格には通常プレミアムが乗ります。これは「優待廃止は下がる」という通説への反証ではなく、通説と研究が同じ言葉で違うものを指しているという話です。学術研究はこの種の廃止を最初から除外しています(大和総研のレポートは「上場廃止・経営不振理由とREITを除く」と明記しています)。除外するのは分析として正しい判断ですが、投資家が実際に目にする「優待廃止のお知らせ」には、3件に1件の割合でこれが混ざっています。

「優待廃止は下がる」という通説への反証ではなく、通説と研究が同じ言葉で違うものを指している

— 買収に伴う「廃止」196件の分類より

もうひとつ意外だったのは、減配・無配と同時の廃止が14件(2.3%)しかないことです。「業績が苦しくなったから優待も配当も削る」というイメージは、件数で見るとほとんど実在しません。優待の廃止は、業績悪化の副産物というより、株主還元の設計変更として単独で行われています。

ちなみに増配と同時の廃止(77件、12.5%)は、優待をやめて配当に一本化する型です。マルハニチロが2022年5月9日に廃止と15円増配を同時に発表したのがこの例で、同社は理由として「コーポレートガバナンス・コードにおいて上場企業に対して求められる株主の平等性確保の観点」を挙げています。

以降の株価の集計では、この買収に伴う196件はすべて別枠にしています。買収されて上場が消えると株価も追えなくなるため、196件のうち市場モデルを通せたのは一部にとどまります。この節で確かなのは株価の大きさではなく件数のほうです。開示そのものを数えているので、株価データの欠落と無関係に成立します。

04 · CORRECTING FOR BETA

測り方——優待銘柄は放っておいても指数に負ける

「TOPIXよりどれだけ上がったか」を単純に引き算すると、この題材では嘘が出ます。理由は標本の性質です。優待を実施する企業は中小型に偏っており、今回の対象銘柄のβ(市場感応度)は中央値0.726でした。βが1より小さい銘柄は、誰が何をしなくても上げ相場では指数に負けます。16年半のうち大半が上昇局面だったので、単純な引き算は窓が長いほどマイナス方向に膨らみます

そこで2つの手続きを重ねました。

プラセボの結果自体が、この手続きの必要性を示しています。何も起きていない日でも、この銘柄群は20営業日で▲0.32%、60営業日で▲0.58%という異常収益になりました。ゼロと比べるのではなく、この水準と比べて初めて「優待のせいか」が言えます。

実際、この2段構えを入れる前と後で、当サイトの結論は2か所ひっくり返りました。手続きを変えただけで数字がどう動いたかを、そのまま載せておきます。

群・区間単純な対TOPIX超過β調整後の異常収益判定
廃止(単独発表)60営業日▲8.46%▲3.34%区間が0を含む(▲12.74〜+2.90%)=確定できない
新設・導入 60営業日+2.12%+3.45%区間が0を跨がない(+2.23〜+4.67%)=効果は残る
廃止(買収除く)翌営業日▲2.52%▲2.78%どちらでも成立
新設・導入 翌営業日+2.96%+3.00%どちらでも成立

※当サイト実測。単純超過は買い持ちのリターン差、β調整後は市場モデルの異常収益の累積。信頼区間は中央値のブートストラップ(5,000反復・乱数種固定)。

単純な引き算だけで書いていれば、「廃止は3か月かけて▲8.5%まで下げ続ける」「新設の上昇は3か月で薄れる」という2つとも間違った結論を出すところでした。低βの標本を長い窓で測ると、下げは実際より深く、上げは実際より浅く見えます。

単純な引き算だけで書いていれば、「廃止は3か月かけて▲8.5%まで下げ続ける」「新設の上昇は3か月で薄れる」という2つとも間違った結論を出すところでした

— β調整の前後比較より
05 · THE UPSIDE THAT HOLDS

新設は上がり、3か月たっても消えない

今回の実測でいちばんはっきりしていたのは、廃止ではなく反対側でした。優待の新設・導入は1,915件と廃止の3倍あり、株価の反応も大きく、しかも長く残ります。

区間異常収益(中央値)95%信頼区間プラセボ差の検定判定
翌営業日+3.00%+2.65 〜 +3.53%▲0.05%p<0.001有意にプラス
5営業日+3.56%+3.04 〜 +3.90%▲0.07%p<0.001有意にプラス
20営業日(約1か月)+4.05%+3.32 〜 +4.83%▲0.39%p<0.001有意にプラス
60営業日(約3か月)+3.45%+2.23 〜 +4.67%▲0.92%p<0.001有意にプラス

※当サイト実測。買収に伴うものを除く導入・新設1,399件(60営業日はn=1,343)。プラセボは同じ銘柄群の「優待の開示が無い日」。差の検定は実測とプラセボの中央値差の並べ替え検定(20,000反復・種固定)。

4つの窓すべてで信頼区間が0を跨がず、プラセボとの差も有意です。上昇は発表直後に出て、そのまま3か月残ります。

優待の新設だけを単独で発表した769件に絞っても、翌営業日+2.22%、20営業日+3.33%、60営業日+2.95%といずれもプラスが残りました。増配と一緒に新設した群がいちばん大きく反応しますが、優待の新設それ自体で説明できる部分が確かにあります。

既存の優待を手厚くする「拡充」832件も同じ方向です。翌営業日+1.50%、20営業日+2.02%と新設より小ぶりで、60営業日は+0.77%で信頼区間が0を含みました(▲0.01〜+2.17%)。新しく始めることと、いまあるものを増やすことでは、市場の評価が違うということです。

参考までに、学術研究の値より当サイトの数字が大きい点を補足しておきます。鈴木・砂川(2008)は導入で約+2%、Gao & Nose(2024)は長期保有優待の有利な変更で+1.26%としています。当サイトは母集団を「新設・導入」に限定し、期間を2026年まで延ばしています。後述するとおり2023年以降の反応が突出して大きいため、期間の違いが差の一因と考えられます。

06 · THE DOWNSIDE, UNBUNDLED

廃止は下がる。ただし3か月下げ続けたのは、同じ日に決算も出していた会社

廃止側です。買収に伴う196件を別枠にした319件を測りました。

区間廃止 全体
(買収除く・n=319)
うち単独発表
(n=80)
決算等と同時
(n=75)
翌営業日▲2.78%▲1.39%▲4.14%
5営業日▲3.03%▲2.76%▲3.92%
20営業日(約1か月)▲4.48%▲3.17%▲6.38%
60営業日(約3か月)▲5.83%▲3.34%▲9.09%
60営業日の95%信頼区間▲8.94 〜 ▲4.34%▲12.74 〜 +2.90%▲12.40 〜 ▲5.83%
60営業日の判定有意にマイナス区間が0を含む有意にマイナス

※当サイト実測。市場モデルの異常収益(中央値)。プラセボとの差の並べ替え検定は、単独発表の60営業日のみp=0.111で、他はすべてp<0.01。

通説の「暴落」は、少なくとも中央値では起きていません。優待の廃止だけを発表した会社の翌営業日は▲1.39%です。これは野瀬・宮川・伊藤(2017)の▲1.45%とよく整合します。

そのうえで、下げがどこまで続くかは同時に何を発表したかで分かれました。決算や業績予想の修正を同じ日に出した群は、20営業日▲6.38%、60営業日▲9.09%と下げ続けます。一方、優待の廃止だけを単独で発表した群は、20営業日の▲3.17%までは信頼区間が0を跨ぎませんが、60営業日は▲3.34%で区間が▲12.74〜+2.90%まで開き、下げが続くとは言えなくなります。

つまり「優待をやめた会社の株はずるずる下がり続ける」という像は、決算や業績修正を同じ日に出した会社に引っ張られている可能性が高いということです。優待の廃止それ自体で確実に言えるのは、翌営業日から1か月程度までの下げに限られます。

「優待をやめた会社の株はずるずる下がり続ける」という像は、決算や業績修正を同じ日に出した会社に引っ張られている可能性が高い

— 本記事の結論

優待を「廃止」ではなく「休止」とした51件も測りました。翌営業日▲3.40%、20営業日▲5.26%と廃止より深く、60営業日は▲5.85%で区間が0を含みます(▲11.15〜+0.46%)。休止は業績悪化局面で使われる言い方なので、下げが深いこと自体は自然です。

大型株では、ほとんど動かない

冒頭に挙げた2社を実測に照らすと、下げ幅は中央値よりさらに小さくなります。単純な対TOPIX超過で、JT(2914)の翌営業日は▲0.55%、オリックス(8591)は▲0.92%でした。両社とも決算と同時の15時開示です。

大型株で反応が小さいのは、株価に対する優待の金額的な比重が小さいからだと考えられます。野瀬らは下げ幅が個人ベースの優待利回りに比例することを示しており、時価総額が大きいほど利回りは薄まります。実際、当サイトの実測でも株価水準で4分割すると、最も高い群の翌営業日は▲1.13%で、最も安い群の▲3.10%の3分の1でした。

07 · BIGGER, NOT SMALLER

2023年以降、新設への反応は最大になった

件数の推移を見ると、優待をめぐる局面がはっきり分かれます。

廃止導入・新設拡充導入÷廃止
2015年13124379.5倍
2019年30128604.3倍
2020年5083621.7倍
2021年4892641.9倍
2022年6791681.4倍
2023年83117581.4倍
2024年73181852.5倍
2025年672641683.9倍
2026年(7月まで)391551184.0倍

※当サイト実測。適時開示の件数であり、実施企業数ではない(同じ会社が複数回開示することがある)。買収に伴う廃止を含む。

廃止は2023年の83件が頂点で、以後は減っています。逆に新設は2020年の83件を底に増え続け、2025年は264件と過去最多です。2025年の比率はおよそ4対1で、2010年代の水準に戻ったことを意味します。

この形は、企業側の集計とも整合します。日本証券業協会の研究会に提出された野村インベスター・リレーションズの資料では、年度ベースの新設/廃止が2020年度48/75、2021年度53/68、2022年度54/76と3年連続で純減した後、2023年度に86/80で純増へ転じています。実施銘柄数も2025年3月末に1,580銘柄と過去最多を更新しました(ただし実施割合は35.0%で、2019年の37.2%には戻っていません。上場企業数自体が増えているためです)。

ここで素直に立つ仮説は「新設が急増したのだから、1件あたりの珍しさは薄れ、株価の反応も小さくなるはずだ」というものです。実測はその逆でした。

期間導入・新設(買収除く)廃止(買収除く)
翌営業日20営業日60営業日翌営業日20営業日60営業日
2010〜2016年+2.32%+3.50%+3.31%▲1.68%▲3.10%▲2.09%
2017〜2019年+2.68%+3.16%+2.73%▲3.24%▲5.96%▲1.51%
2020〜2022年+1.76%+3.19%+1.17%▲2.89%▲4.80%▲8.03%
2023〜2026年+5.18%+5.29%+5.44%▲2.79%▲4.64%▲7.26%

※当サイト実測。市場モデルの異常収益(中央値)。色を付けていない数値は95%信頼区間が0を含むもの(導入2020〜2022年の60営業日、廃止2010〜2016年の20・60営業日、2017〜2019年の20・60営業日)。時代分割は多重比較にあたるため参考値として扱っている。導入のnは順に314・277・193・613、廃止は43・33・111・132。

新設が最も多かった2023〜2026年は、翌営業日+5.18%・20営業日+5.29%・60営業日+5.44%と全期間で最大でした。件数が4倍近くに増えたのに、1件あたりの反応も大きくなっています。しかも3か月後まで減衰していません。

廃止の側は、20営業日・60営業日の区間が0を含む期間が2019年以前に集中しています。廃止の下げが3か月後まで残るようになったのは2020年以降です。ただし前節のとおり、その3か月ぶんの下げは決算の悪材料を同時に出した群が引っ張っています。

08 · STRESS-TESTING THE RESULT

結果を疑う——低位株・開示時刻・測れなかったもの

1. 低位株や小型株だけの現象ではないか

発表前日の株価で4分割して測りました(単純な対TOPIX超過・翌営業日)。導入はQ1(最も安い、366円以下)+3.26%、Q2 +3.26%、Q3 +3.90%、Q4(1,200円超)+1.40%。廃止はQ1 ▲3.10%、Q2 ▲3.67%、Q3 ▲2.49%、Q4 ▲1.13%です。すべての株価帯で符号は同じでした。ただし最も株価が高い群では反応が3分の1程度に縮むので、大型株に当てはめるときは割り引く必要があります。

2. 開示時刻の扱いが結果を作っていないか

大引け後の開示を翌営業日起点にする処理が結果を作っている可能性を確認しました。導入は大引け後+2.95%に対し場中+3.11%、廃止は大引け後▲2.78%に対し場中▲1.61%で、いずれも符号と大きさは変わりません。

3. 極端な値が中央値を作っていないか

上下1%を刈り込んで測り直しました。導入は中央値+2.96%が刈込後も+2.96%、廃止は▲2.52%が▲2.52%でまったく変わりません。加えて、市場モデルの窓計算では窓内に単日▲60%未満・+150%超がある場合にその窓を無効化しており、分割調整漏れが平均を壊すことを防いでいます。

4. 測れなかったものは、結果を偏らせていないか

ここは正直に書く必要があります。株価を測る対象3,606件のうち市場モデルを通せたのは2,656件(73.7%)で、落ちかたは一様ではありません。とくに買収に伴う廃止196件は、買収されて上場が消えるため大半が測れません。

この偏りは廃止側の数字を実際より穏やかに見せている可能性があります。上場を維持できた会社だけを見ているためです。一方で導入・拡充の取得率は高く、新設に関する結論はこの偏りの影響を受けにくいと考えられます。

09 · THE BENCHMARK BUG

ベンチマークが毎年7月に壊れていた

この実測の途中で、株価データ側の欠陥を見つけました。同じ道具を使う人のために記録しておきます。

当サイトは日本株の比較対象にTOPIX連動ETF(1305)の配当込み系列を使っています。ところが株価データの提供元は、このETFの分配金を「権利落ち日」ではなく「決算日」に記録していました。価格が下がるのは権利落ち日なのに、配当込みに直す調整は決算日に当たるため、毎年7月に「▲2%の偽の下落」と「+2%の偽の上昇」が2日並んで発生します。

毎年7月に「▲2%の偽の下落」と「+2%の偽の上昇」が2日並んで発生します

— ベンチマーク側の不具合発見より

ずれ幅は一定ではありません。日本株の受渡日数が2019年7月16日にT+3からT+2へ短縮されたため、それ以前は決算日の2営業日前、以後は1営業日前が権利落ち日になります。実際に超過下落と分配率を突き合わせると、2023年は実測▲2.11%に対し理論▲2.18%、2024年は▲1.85%に対し▲1.94%、2025年は▲2.19%に対し▲2.33%と一致しました。

この歪みは長期の累積リターンには影響しません(1日ずれるだけなので、年率何%といった数字は無傷です)。効くのは今回のように日単位で比較する場合だけです。そして実際に踏みました。オリックスの優待廃止の翌営業日は2022年5月12日ですが、この日は1305に別の不良値(市場が下落した日に単独で+2.71%)も入っていました。補正しないまま計算すると同社の翌営業日の超過は▲4.98%となり、補正後の▲0.92%と4ポイント食い違います。

対処として、分配金を正しい権利落ち日に置き直したうえで、他の2本のTOPIX連動ETFが互いに一致していてかつ1305だけが1.5ポイント以上外れた日(16年半で10日)をその2本の中央値で差し替えた系列を作りました。検算として、補正後の通算リターンは+532.4%(年率11.71%)で、補正前の1305の+531.8%(年率11.70%)と一致します。日付のずれを直しただけで水準は動いていない、ということです。

なお同じ検証の過程で、別のTOPIX連動ETF(1306)は受益権の分割が反映されておらず、2026年4月1日に+947.93%という値が入っていることも確認しました。単体では比較対象に使えません。

留意点

SOURCES

出典と一次資料

FAQ

Q. 株主優待が廃止されると株価は下がりますか?
下がります。ただし「暴落」という形ではありません。当サイトが東証の適時開示を2010年から2026年7月まで全走査し、買収に伴うものを除いた廃止319件について市場モデルでβを調整した異常収益を測ったところ、公表翌営業日で中央値▲2.78%(95%信頼区間▲3.59〜▲2.02%)でした。優待の廃止だけを単独で発表した80件に絞るとさらに小さく▲1.39%です。同じ銘柄の「優待の開示が無い日」7,377件を偽イベントにしたプラセボでは同じ窓が▲0.07%だったため、この下げは優待の廃止に固有のものと言えます。

Q. 優待廃止のあと、株価は下げ続けるのですか?
会社によります。当サイトの実測では、買収に伴うものを除いた廃止319件の異常収益は20営業日で▲4.48%、60営業日で▲5.83%と深くなりました。ただし内訳を分けると様子が変わります。決算や業績予想の修正を同じ日に発表した75件は60営業日で▲9.09%(信頼区間▲12.40〜▲5.83%)と下げ続ける一方、優待の廃止だけを単独で発表した群は60営業日が▲3.34%で信頼区間が▲12.74〜+2.90%と0を跨ぎ、下げが続くとは確定できませんでした。同群で確実に言えるのは20営業日の▲3.17%までです。つまり3か月にわたって下げ続けるのは、優待の廃止そのものというより、同じ日に出た決算や業績修正によるところが大きいと考えられます。

Q. 株主優待の新設は株価にプラスですか?
プラスで、しかも効果が長く残ります。当サイトが実測した優待の新設・導入1,399件では、市場モデルでβを調整した異常収益が公表翌営業日で中央値+3.00%(95%信頼区間+2.65〜+3.53%)、20営業日で+4.05%、60営業日でも+3.45%(同+2.23〜+4.67%)と、3か月後も消えていませんでした。いずれもプラセボとの差の並べ替え検定でp<0.001です。優待の新設だけを単独で発表した769件に絞っても翌営業日+2.22%、60営業日+2.95%とプラスが残ります。廃止の下げが単独発表では3か月まで確定できないのとは対照的です。

Q. 「優待廃止」と報じられるニュースは、すべて株主にとって悪い知らせですか?
違います。当サイトが機械分類した優待廃止の開示615件のうち、31.9%にあたる196件は、同じ日に同じ会社がTOB(公開買付け)・MBO・完全子会社化・合併などを開示していました。内訳は公開買付け150件、MBO17件、完全子会社化14件、合併6件、株式併合3件、上場廃止2件、株式交換2件、経営統合2件です。これらは買収や非公開化に伴って優待制度が終わるもので、株主にはふつう買付価格のプレミアムが支払われます。学術研究はこの種の廃止を最初から分析対象から除いていますが、投資家が目にする「優待廃止」のニュースには3件に1件の割合で含まれています。ただしこれらの企業は買収後に上場が消えるため株価を追える件数が少なく、当サイトでも196件中23件しか測れていません。確かなのは株価の大きさではなく件数のほうです。

Q. 株主優待を実施する企業は減っているのですか?
減っていたのは2020年から2022年で、その後は増加に転じています。当サイトが東証の適時開示を数えたところ、優待の廃止は2010年代前半には年13〜26件で推移していたものが2020年に50件、2022年に67件、2023年に83件とピークを打ちました。一方で新設・導入は2020年の83件を底に増加し、2024年181件、2025年264件と急増しています。2025年は新設264件に対し廃止67件で、およそ4対1です。野村インベスター・リレーションズの調査でも、優待の実施銘柄数は2019年9月末の1,532銘柄(実施割合37.2%)がいったん頭打ちになった後、2025年3月末に1,580銘柄と過去最多を更新しました。ただし実施割合は35.0%で、2019年の水準には戻っていません。

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出典:東京証券取引所 適時開示情報(TDnet)、各社IR、野村インベスター・リレーションズ「株主優待実施レポート」(2025年4月)、日本証券業協会「株主優待の意義に関する研究会」報告書(2025年4月)、大和総研(2023年1月)、証券アナリストジャーナル 55(10)、証券経済研究 第123号、Review of Financial Studies 34(12)、PLOS ONE 19(4)、Journal of Banking and Finance 143、Yahoo Finance。株価データは2026年7月31日終値まで(実測・集計は当サイト算出、2026年8月1日時点・編集部構成)。