INVESTMENT STRATEGY ・ 投資の考え方 第34号
マンション着工が急増しても急減しても、住宅系REITの株価は動かなかった
編集部・最終更新 2026年8月6日
東京都の分譲マンション新設着工は、住宅系REITの先行指標になり得るように見えます。着工が急増すれば数年後の供給過剰で賃料・稼働率が悪化し、急減すれば逆に希少性で恩恵を受ける——どちらの向きの仮説も一応もっともらしく聞こえます。
東京都住宅政策本部が公表する住宅着工統計(2003〜2026年5月・279ヶ月)を6ヶ月ブロックに分け、着工の前年比で3分位。住宅特化型REIT6銘柄の市場・金利調整後リターン(α)と突き合わせ、1,000回のシャッフルによるプラセボ検定にかけました(2026年8月6日時点・編集部構成)。
null。着工が急増した後・急減した後のどちらでも、住宅特化型REITのαは中間区間と統計的に区別できませんでした(両側p=0.746/0.464)。比較群としたオフィス特化型・物流特化型REITでも、2015年前後の時代分割でも同じくnull。マンション着工という公開統計は、用途を問わずJ-REITの株価を予測しません。
プラセボ検定を通過した差
0/10
3群×hi/lo・時代分割込み
住宅特化型・急増後の差
▲4.0%
年率、両側p=0.746
住宅特化型・急減後の差
+8.2%
年率、両側p=0.464
01 · THE SETUP
母集団と仮説——住宅特化型REIT6銘柄・着工の3分位
対象はJ-REIT58本の用途分類から機械抽出した住宅特化型6銘柄——アドバンス・レジデンス(3269)・三井不動産アコモデーションファンド(3226)・コンフォリア・レジデンシャル(3282)・大和証券リビング(8986)・サムティ・レジデンシャル(3459)・スターツプロシード(8979)、時価総額合計約1兆2,985億円です。
着工データは東京都住宅政策本部の「住宅着工統計」(元データは国土交通省 建築着工統計調査 表17)から、分譲住宅のうち共同建て(マンション)の新設着工戸数を月次で取得。3ヶ月ローリング合計の前年比を計算し、全279ヶ月分の分布で33/67パーセンタイル点(-13.4%・+7.3%)を境に、非重複の6ヶ月ブロック47本をhi(急増・13本)・mid(中間・21本)・lo(急減・13本)に分けました。月次の重複窓ではなく非重複ブロックにしているのは、自己相関で見かけの検定力が過大になるのを避けるためです。
仮説は最初から両方向に開いています。「着工急増→数年後の供給過剰→住宅系REITの稼働率・賃料が悪化」という悲観シナリオも、「着工急減→新規供給の希少性→既存物件の価値が上がる」という楽観シナリオも、どちらも成り立ちそうに聞こえます。結論を決めずに測ります。
02 · THE U-SHAPE
β調整前は「U字」に見えた
着手前の簡易チェックとして、住宅特化型6銘柄の等金額合成をベンチマーク(TOPIX連動ETFの1305・iFreeETF TOPIX)に対する超過リターンで見ると、着工急増後・急減後のどちらの極端でもプラスという、直感に反する形が出ました。
| 着工前年比の区分 | その後6ヶ月の超過リターン(β調整前) |
| 上位20%(急増) | +4.55% |
| 中間60% | ▲0.45% |
| 下位20%(急減) | +5.31% |
※着手前チェック(プラセボ検定なし・単純な超過リターン)。単純相関は0.04でほぼゼロ。
両極端でベンチ超過・中間で劣後という「U字」は、一見すると「着工の振れ幅そのものが何らかのシグナルになっている」ように読めます。ただしこの数字は市場全体の値動き(β)を取り除く前のものです。住宅特化型REITの市場感応度は0.3〜0.4程度あり、たまたま市場が強かった期間が特定の区分に偏っていれば、同じ形は簡単に作られます。ここから先が本題です。
住宅特化型REITの市場感応度は0.3〜0.4程度あり、たまたま市場が強かった期間が特定の区分に偏っていれば、同じ形は簡単に作られます。
本記事の実測(β調整前の簡易チェック)
03 · THE VANISHING ACT
プラセボ検定で、U字は消えた
市場(1305)とΔ10年国債金利の2因子回帰で、各区分(hi/mid/lo)に属する日だけを取り出したαを推定します。さらに、47ブロックへのhi/mid/loラベルの割り当てを1,000回シャッフルしたプラセボ分布を作り、実測の「hi−mid」「lo−mid」の年率α差がその分布のどこに位置するかを見ます。
| 区分 | α(年率・t値) | β(対市場) |
| hi(急増後) | +3.75%(t=0.41) | 0.413 |
| mid(中間) | +7.74%(t=1.34) | 0.321 |
| lo(急減後) | +15.97%(t=1.49) | 0.419 |
※当サイト実測。住宅特化型6銘柄の日次リターン単純平均(未上場銘柄はNaNで自然に除外)をr = α + β×市場(1305) + c×Δ10年金利 に回帰。tは通常のOLS標準誤差による。
個別のαはどれもt値が1.5未満で、単独では有意ではありません。本題であるhi−mid・lo−midの差とプラセボ検定の結果は次の通りです。
| 比較 | 実測の差(年率) | プラセボ内の位置 | 両側p |
| hi − mid(急増後) | ▲3.99% | 37.3パーセンタイル | 0.746 |
| lo − mid(急減後) | +8.23% | 76.8パーセンタイル | 0.464 |
※プラセボは47ブロックへのhi(13)/mid(21)/lo(13)ラベルをランダムに再割り当てし1,000回試行(本数構成は固定)。両側pは実測の差がプラセボ分布の中心からどれだけ離れているかを両側で見た割合。
どちらも通常使う5%・10%の基準に遠く及びません。着手前チェックで見えた「両極端でプラス」という形の骨格(lo側の効果量が正で大きい)は残っていますが、それが47本のブロックをランダムに並べ替えただけでも同程度の頻度で生じる範囲に収まっています。β調整前のU字は、市場感応度と少数ブロックの組み合わせが作った見た目だった可能性が高い、というのが実測に忠実な読み方です。
β調整前のU字は、市場感応度と少数ブロックの組み合わせが作った見た目だった可能性が高い、というのが実測に忠実な読み方です。
本記事の実測(2因子回帰・プラセボ検定)
04 · THE CONTROL GROUPS
オフィス・物流でも同じくnull
この着工シグナルが住宅特化型REIT固有の現象でないなら、用途の違う比較群でも同じように(意味のある差が出ないという形で)nullになるはずです。オフィス特化型5銘柄(日本ビルファンド8951・ジャパンリアルエステイト8952・KDX8972・大和証券オフィス8976・いちごオフィス8975)、物流特化型5銘柄(日本プロロジス3283・GLP3281・三井不動産ロジパーク3471・ラサールロジポート3466・日本ロジスティクスファンド8967)で同じ検定を行いました。
| 群 | hi−mid(年率) | 両側p | lo−mid(年率) | 両側p |
| 住宅特化型 | ▲4.0% | 0.746 | +8.2% | 0.464 |
| オフィス特化型 | ▲10.4% | 0.424 | ▲1.5% | 0.904 |
| 物流特化型 | ▲1.2% | 0.864 | ▲2.5% | 0.800 |
※当サイト実測。着工シグナルの区分(hi/mid/lo)は住宅特化型と同一のブロック定義を使用。
オフィス特化型のhi−midは▲10.4%と数字自体は住宅特化型より大きく見えますが、両側p=0.424でやはり有意ではありません。3群とも「有意な差なし」という同じ結果で、これは「マンション着工が住宅系REITだけに効く」という反証にも「効いている」という支持にもならず、シンプルに——この着工統計が用途を問わずJ-REITの株価を予測しないことを示しています。
オフィス特化型のhi−midは▲10.4%と数字自体は住宅特化型より大きく見えますが、両側p=0.424でやはり有意ではありません。
本記事の実測(オフィス特化型5銘柄の比較群)
05 · THE TIME SPLIT
時代を分けても変わらない
住宅特化型6銘柄が出揃うのは2015年6月(サムティ・レジデンシャル上場)以降です。それ以前は実質2〜4銘柄の平均という別の標本になるため、2015年6月を境に前後で同じ検定を繰り返しました。
| 期間 | hi−mid(年率) | 両側p | lo−mid(年率) | 両側p |
| 2015年6月以前 | ▲1.6% | 0.983 | +42.5% | 0.193 |
| 2015年6月以降 | +7.3% | 0.486 | ▲0.6% | 0.992 |
※当サイト実測。2015年以前のlo区分はn=404営業日(銘柄数が少なく標本が薄い)。
最も目を引く数字は2015年以前のlo−mid・+42.5ポイントです。この期間のlo区分単体のαはt=1.85と、本記事で推定した18本(3群×hi/mid/lo×2期間、一部重複除く)のα推定の中で最も有意水準に近い値でした。しかし比較対象のmid区分も同じ期間にα+9.65%と高く、差である+42.5ポイント自体はプラセボ分布内で90.4パーセンタイル・両側p=0.193にとどまります。標本が薄い期間(住宅特化型が2〜4銘柄しかない)ほど、ランダムな並べ替えでも極端な値が出やすくなるため、プラセボ検定はこの「大きく見える数字」がノイズの範囲であることを正しく捉えています。2015年以降はhi−mid・lo−midともp=0.48超で、時代を通じて一貫してnullでした。
標本が薄い期間ほど、ランダムな並べ替えでも極端な値が出やすくなるため、プラセボ検定はこの「大きく見える数字」がノイズの範囲であることを正しく捉えています。
本記事の実測(2015年以前の時代分割)
留意点
- 本記事は過去の値動きの集計であり、特定の銘柄・売買タイミングを推奨するものではありません。「株価が着工統計を先取りしない」という結果は、新規供給が住宅市場の需給に与える実体的な影響そのものを否定するものではありません——測っているのは、公開されている着工統計という情報が株価に先行するかどうかです。
- 住宅特化型REIT6銘柄は上場時期が異なります(大和証券リビング8986・三井不動産アコモデーションファンド3226は2006年、アドバンス・レジデンス3269は2007年、スターツプロシード8979は2010年、コンフォリア・レジデンシャル3282は2013年、サムティ・レジデンシャル3459は2015年)。2015年以前の「住宅特化型6銘柄」は実質2〜4銘柄の平均で、時代分割で別掲したのはこのためです。
- アドバンス・レジデンス(3269)は2009年6月25日〜8月7日の31営業日、同値が連続する期間があります。前後の価格遷移が経済的に自然(2008年金融危機後のJ-REIT市場ストレス期に実際の取引が薄かった可能性)であるため除外していません。日本ビルファンド(8951)には2007年7月6日の単日だけ孤立した異常値(前後の値と無関係に1日だけ99%近く消えて翌営業日に復元)があり、Yahoo Finance側のティック異常と判断してその1日のみ欠損値扱いにしています。
- プラセボ検定はブロックへのラベル配分(本数構成)を固定した並べ替え検定で、ブロック内の日付構造やブロック間の時系列的な近さは考慮していません。より厳密なブロックブートストラップでは結果が変わる可能性があります。また47ブロックという標本数自体、時代分割後は18〜24ブロックまで減っており、検定力は高くありません——「有意でない」は「関係が絶対にない」の証明ではなく、「この標本サイズでは関係を検出できなかった」という状態です。
- 着工シグナルの区分(hi/mid/lo)は本記事で扱う全279ヶ月のデータで作った33/67パーセンタイル点を使っており、当時リアルタイムで知り得た情報だけで区分を作ったものではありません(後知恵バイアス)。実運用でこの統計を先行指標として使う場合、この点は成立しません。
- オフィス特化型・物流特化型の銘柄分類は、投資法人名・一般に入手可能な情報による分類で、全銘柄の目論見書まで確認したものではありません。住宅特化型6銘柄(記事の主群)は個別に確認済みです。
FAQ
Q. 東京のマンション着工が増えると、住宅系REITの株価は下がりますか?
実測では有意な関係は見られませんでした。着工の前年比が上位20%(急増)だった6ヶ月ブロックの住宅特化型REIT6銘柄のα(市場・金利調整後の超過収益、年率換算)は+3.75%で、中間区間の+7.74%との差は▲3.99ポイント。この差を1,000回のシャッフルによるプラセボ分布と比べると、両側p値相当は0.746で、偶然の範囲に収まります。
Q. 逆に着工が減ると、住宅系REITは上がるのですか?
方向としては正の値が出ましたが、有意ではありません。着工急減(下位20%)後の住宅特化型REITのαは年率+15.97%で中間区間より+8.23ポイント高く、プラセボ分布内では76.8パーセンタイル(両側p=0.464)でした。2015年以前に絞ると効果量は+42.5ポイントまで拡大しますが、それでも両側p=0.193で、通常使う5%や10%の基準には届きません。
Q. なぜ最初のチェックでは「関係がありそう」に見えたのですか?
市場・金利の影響を取り除く前の粗いチェックでは、着工急増後・急減後のどちらでもベンチマーク超過リターンがプラスという「U字型」の見た目がありました。しかしこれは住宅特化型REITの市場感応度(β)が0.3〜0.4程度で、市場全体が上昇した局面の一部を拾っていた可能性があります。2因子回帰でβとΔ10年金利の寄与を除いた上でプラセボ検定にかけると、この見た目は消えました。
Q. オフィスや物流のREITでも同じ結果ですか?
はい。比較群としてオフィス特化型5銘柄・物流特化型5銘柄でも同じ検定を行いましたが、いずれもプラセボ検定を通過する有意差はありませんでした(オフィス特化型: 急増後▲10.45ポイント・p=0.424、急減後▲1.51ポイント・p=0.904。物流特化型: 急増後▲1.25ポイント・p=0.864、急減後▲2.53ポイント・p=0.800)。マンション着工という統計が、用途を問わずJ-REITの株価を予測しないという結果です。
本記事は公開市場データ(Yahoo Finance・JPX・財務省・東京都住宅政策本部)を基に、当サイトが計算条件を明示した上で集計・整理した一般的な情報提供を目的としており、特定の銘柄・商品・売買タイミングの採用を推奨・勧誘するものではありません。過去の実績は将来の成果を保証しません。投資に関する最終判断はご自身の責任で行ってください。
出典:東京都住宅政策本部・住宅着工統計、JPX東証上場銘柄一覧、財務省・国債金利情報、Yahoo Finance(調整後終値)。着工データは2026年5月分まで、株価は2026年8月4日終値まで(実測・集計は当サイト算出、2026年8月6日時点・編集部構成)。