INVESTMENT STRATEGY ・ 投資の考え方 第14号

「ヘルスケアに資金が移っている」は、いつ本当でいつ嘘か

半導体が売られ、ヘルスケアが買われる。相場解説では「バリュー株への移行」「セクターローテーション」と説明されます。ただしヘルスケアのβは0.72です。市場が下がれば、資金が1円も動かなくても指数を上回ります。

そこで2,655営業日を市場の変動幅で区分し、実際の超過リターンとβだけから予測される超過を並べました。残差が残らなければ、それは資金移動ではありません(2026年7月29日時点・編集部構成)。

判定
条件次第

普段はβの錯覚。ただし今回は本物で、しかも「上昇」ではなく「戻り」。10年通しては残差が最大0.24%しか残らず、市場が動かない日の差はゼロ。ところが2026年6〜7月だけは、βで説明できない超過が月+7.22%・+5.96%あり、それが半導体の下げた日に集中しています。それでも累積αは依然マイナスです。

XLVのβ
0.72
10年・α年率+0.1%(t=0.02)
市場が動かない日の差
▲0.03%
1,342日・β予測は▲0.01%
直近2カ月のα
+13.6%
6月+7.22%/7月+5.96%
累積α(2016年〜)
▲6.9%
4月末の▲16.9%から戻り
01 · THE BETA EXPLANATION

βは、資金が動かなくても差を作る

βとは市場が1%動いたときにその資産が何%動くかの目安です。β0.72のセクターは、市場が3%下げれば約2.2%しか下げません。この0.8%の差は、誰も何も買わなくても発生します。

この0.8%の差は、誰も何も買わなくても発生する。

βの定義より

ですから「下げ相場でヘルスケアが指数を上回った」という観測だけでは、資金が移ったことの証拠になりません。証拠になるのは、βで説明できない部分が残るかどうかです。

主要セクターのβとα(市場モデル r = α + β・rSPY の推定値)を並べます。

ETFセクターβα(年率)t(α)
XLVヘルスケア0.72+0.1%0.020.59
XLP生活必需品0.54+0.6%0.190.42
XLU公益0.58+3.0%0.620.29
XLRE不動産0.79▲2.9%−0.650.48
XLF金融1.03▲1.2%−0.320.69
XLY一般消費財1.10▲3.5%−1.150.80
XLK情報技術1.27+4.2%1.430.85
SOXX半導体1.54+9.5%1.530.65

※当サイト実測。2016年1月4日〜2026年7月28日の日次、Yahoo Financeの調整後終値(配当再投資込み)。ベンチマークはSPY。t(α)は残差の標準誤差による近似で、いずれも有意水準に達していません。

ヘルスケアのαは年率+0.1%、t値0.02。10年半を通して、市場で説明できない超過は事実上ゼロでした。ヘルスケアが構造的に強い/弱いという話ではなく、βが低いというだけの存在です。

02 · PREDICTED VS. ACTUAL

実測とβ予測を、市場の変動幅ごとに突き合わせる

ここが本題です。市場(SPY)の日次リターンで日を5つに区切り、各区分で実際のXLVの対SPY超過と、βだけから計算される超過(β−1)×市場リターンを並べます。

市場の区分日数SPY平均XLVの実測超過βが予測する超過残差
大幅安(SPY≤▲2%)92▲3.12%+0.81%+0.89%▲0.08%
下落(▲2〜▲0.5%)465▲1.01%+0.40%+0.29%+0.11%
横ばい(±0.5%)1,342+0.02%▲0.03%▲0.01%▲0.02%
上昇(+0.5〜+2%)689+0.98%▲0.33%▲0.28%▲0.05%
大幅高(SPY≥+2%)67+3.15%▲0.66%▲0.90%+0.24%

※当サイト実測。合計2,655営業日。βは全期間推定の0.72。残差=実測超過−β予測。

読み方は2つです。

半導体との比較でも同じです。

市場の区分XLVの超過SOXXの超過XLV−SOXXβ差が予測する値
大幅安(SPY≤▲2%)+0.81%▲1.32%+2.13%+2.57%
下落(▲2〜▲0.5%)+0.40%▲0.75%+1.15%+0.83%
横ばい(±0.5%)▲0.03%+0.05%▲0.08%▲0.02%
上昇(+0.5〜+2%)▲0.33%+0.70%▲1.03%▲0.81%
大幅高(SPY≥+2%)▲0.66%+1.58%▲2.24%▲2.59%

※β差が予測する値=(βXLV−βSOXX)×その区分のSPY平均。βSOXX=1.54。

「半導体が売られてヘルスケアが買われる」という現象は、β1.54とβ0.72の差が市場の下落幅に掛かっただけで、ほぼ再現できてしまいます。

03 · WHERE IT BREAKS DOWN

ところが、直近だけは説明できない

ここまでなら「またβの錯覚」で終わりです。ところが直近を測ると、そうなりません。βで説明できない部分(α)を月別に積むと、こうなります。

2026年1月2月3月4月5月6月7月
XLVのα▲1.13%+4.12%▲4.69%▲7.42%▲1.41%+7.22%+5.96%

※βは検証したい局面を含めない2016年1月〜2026年4月で推定した0.726を使用(後知恵を避けるため)。7月は7月28日まで。

6月と7月で合計+13.6%。これは市場の動きでは説明できません。そして決定的なのが日別の内訳です。

日付XLVSPYSOXXα
2026-07-16+2.22%▲0.54%▲4.46%+2.61%
2026-07-20▲1.14%▲0.16%+0.45%▲1.02%
2026-07-23+1.26%▲1.23%▲0.77%+2.16%
2026-07-24+0.70%+0.10%▲4.40%+0.63%
2026-07-27+0.51%+0.02%▲2.05%+0.49%
2026-07-28+2.36%+0.24%▲4.80%+2.19%

※当サイト実測。α=XLVの日次リターン−0.726×SPYの日次リターン。

注目すべきは2026年7月28日です。S&P500は+0.24%とほとんど動いていないのに、XLVは+2.36%上昇し、同じ日にSOXXは▲4.80%下げました。

市場が動いていないのですから、βはこの差を1ミリも説明できません。一方が上がり他方が下がったのは、市場全体の上下ではなく、両者のあいだで何かが動いたからです。7月16日も同じ形をしています。

市場が動いていないのですから、βはこの差を1ミリも説明できない。

2026年7月28日の実測より
04 · HOW TO TELL THE DIFFERENCE

見分け方は、市場が動かない日を見ること

ここまでを手順にすると4段階です。相場解説で「◯◯に資金が移っている」と言われたとき、そのまま使えます。

  1. βを推定する。ただし検証したい局面を推定期間に入れない。今回は2026年4月末までで推定しました。
  2. 市場の変動幅で日を区分する。大幅安・下落・横ばい・上昇・大幅高の5つで十分です。
  3. 各区分で「実測の超過」と「(β−1)×市場リターン」を並べる。
  4. 残差を見る。全区分でゼロ近傍なら錯覚。特定の区分で残る、とくに市場が動かない区分で残るなら本物。

この手順を当サイトは日本株でも使いました。個人株主の多い銘柄が下げ相場で勝つという話を同じ方法で測ったところ、差は市場の変動幅に比例し、±0.5%の日には▲0.01%しか残りませんでした。あのときの答えは「資金移動ではなくβ」です。今回のヘルスケアは、同じ手順で逆の答えが出ました。

あのときの答えは「資金移動ではなくβ」。今回のヘルスケアは、同じ手順で逆の答えが出た。

個人株主の検証(第11号)との比較より

低βの資産がリスク調整後に見かけ上優位になること自体は、古くから知られた現象です。Frazzini と Pedersen(2014)は、レバレッジ制約のある投資家が高β資産を買い上げるため低β資産のリスク調整後リターンが高くなると説明し、Baker・Bradley・Wurgler(2011)はベンチマーク運用がその歪みを裁定しきれない理由を論じています。βの差を「銘柄選択の巧拙」と読み違えないための前提知識です。

05 · RECOVERY, NOT RALLY

ただし「上昇」ではなく「戻り」

直近のαが本物だとして、それが何を意味するかは別の話です。βで説明できない部分を2016年から累積すると、こうなります。

時点2024年末2025年末2026-03末2026-04末2026-05末2026-06末直近
累積α▲9.1%▲8.5%▲10.3%▲16.9%▲18.1%▲12.2%▲6.9%

※2016年1月4日を起点に日次αを複利で累積。β=0.726。

4月末の▲16.9%が底で、そこから10ポイント戻して現在▲6.9%です。10年通算ではまだマイナスで、いま起きているのは押し下げられていた分の回復と読むほうが素直です。

10年通算ではまだマイナスで、いま起きているのは押し下げられていた分の回復と読むほうが素直だ。

累積αの実測より

買われているのは大型で、バイオではない

もうひとつ落とせない点があります。直近10営業日を並べると、同じ「ヘルスケア」でも中身が割れています。

ETF中身直近10営業日2022年初来
XLVヘルスケア大型(製薬・医療機器)+5.7%+27.8%
IBBバイオ(大型中心)+1.0%+26.4%
XBIバイオ(中小型・等金額に近い)▲3.6%+34.6%
SOXX半導体▲13.5%+181.7%
SPYS&P500▲1.5%+65.8%

※当サイト実測。2022年初来は2021年12月末を起点とした配当再投資込みの累計。

XLVが+5.7%の同じ10営業日に、中小型バイオ中心のXBIは▲3.6%と逆に下げています。資金が向かっているのは収益のある大型で、パイプラインだけの中小型ではありません。当サイトが「バイオ株は上がらない」は本当かで確認した「収益のある大型だけが生存する」という構図が、今回の局面でも再現しています。

なお2022年初来ではXBI +34.6%に対しS&P500 +65.8%で、31.1ポイント下回っています。「バイオETFの上昇率が2022年以来S&P500を下回る」という指摘は、当サイトの実測でも確認できました。

留意点

SOURCES

出典と一次資料

FAQ

Q. 下げ相場でヘルスケアが強いのは、資金が移っているからですか?
普段は違います。ヘルスケアETF(XLV)のS&P500に対するβは0.72で、市場が下がれば下げ幅が小さくなるのは当然です。当サイトが2016年1月から2026年7月までの2,655営業日を市場の変動幅で区分して測ったところ、SPYが2%以上下げた92日でXLVの対SPY超過は+0.81%、これに対しβだけから予測される超過は+0.89%で、残差はわずか▲0.08%でした。市場がほとんど動かなかった1,342日では実測▲0.03%・予測▲0.01%と、どちらもゼロです。つまり下げ日の優位はβでほぼ完全に説明でき、資金移動を持ち出す必要がありません。半導体ETF(SOXX)との差も同じで、大幅安の日のXLV−SOXXは+2.13%、β差から予測される値は+2.57%でした。

Q. では今回の上昇もβで説明できるのですか?
今回は説明できません。βで説明できない超過(α)を月別に見ると、2026年6月は+7.22%、7月は+5.96%です。特徴的なのは、それが市場全体の下げた日ではなく半導体が下げた日に集中していることです。2026年7月28日はS&P500が+0.24%とほとんど動いていないのにXLVは+2.36%上昇し、同じ日にSOXXは▲4.80%でした。この日のαは+2.19%です。7月16日(XLV +2.22%/SOXX ▲4.46%/α +2.61%)、7月23日(α +2.16%)も同じ形をしています。市場全体が動いていないのに一方が上がり他方が下がるという動きは、βでは定義上説明できません。セクター間で実際に資金が動いた痕跡と読めます。

Q. 本物と錯覚をどう見分ければよいですか?
市場が動いていない日に差が出ているかを見るのが最も簡単です。βによる差は市場の変動幅に比例するので、市場が動かない日には必ずゼロに近づきます。逆にいえば、S&P500がほとんど動いていない日にセクター間で大きな差がついていれば、それはβでは説明できない何かです。手順としては、①対象の過去のβを推定する(推定期間には検証したい局面を含めない)、②市場の変動幅で日を区分する、③各区分の実測超過と(β−1)×市場リターンを並べる、④残差が全区分でゼロ近傍なら錯覚、特定の区分で残るなら本物、となります。当サイトはこれを日本株の株主構成でも行い、そのときは差が市場の変動幅に比例して中央でゼロになったため、資金移動ではなくβだと判定しました。

Q. いまヘルスケアは上昇局面にあるということですか?
本記事は先行きを予想するものではありませんが、数字の上では「上昇」よりも「戻り」に近い形です。βで説明できない部分を2016年から累積すると、2026年3月末で▲10.3%、4月末に▲16.9%まで落ち込み、直近は▲6.9%です。つまり4月に大きく叩かれた分を戻している途中で、10年通算ではまだマイナスにとどまります。また買われているのは大型に偏っており、直近10営業日でXLVが+5.7%だったのに対し、中小型バイオが中心のXBIは▲3.6%と逆に下げています。「ヘルスケアが買われている」という言い方は、この二つの文脈を落としています。過去の実績は将来の成果を保証しません。

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本記事は公開市場データ(Yahoo Finance経由)および学術文献を基に、当サイトが計算条件を明示した上で集計・整理した一般的な情報提供を目的としており、特定の銘柄・商品・売買タイミングの採用を推奨・勧誘するものではありません。過去の実績は将来の成果を保証しません。投資に関する最終判断はご自身の責任で行ってください。

出典:Yahoo Finance(調整後終値)、Frazzini & Pedersen (2014) Journal of Financial Economics 111(1)、Baker・Bradley・Wurgler (2011) Financial Analysts Journal 67(1)。市場データは2026年7月28日まで(実測・集計は当サイト算出、2026年7月29日時点・編集部構成)。